もやもや

職場の同僚と飲んだ後、近所のコンビニで買い物を済ませて、

帰ろうとしたときに「ちょっとすんません」と後ろから声をかけられた。

 

「お金がないんですわ。貸してもらえませんか。家に帰ったら、返します」

 

こう切り出した男の年は70代だろうか。

浮浪者ではない理由は男から酸いた臭いがしないからだが、

髪はぼさぼさ、見える範囲で歯が抜けていて、

ホームセンターで売っているようなマジックテープのスニーカーを、

それもボロを履いている。

男を見ると、いきなり診察券やら生活保護の書類やらを

私に見せるようにして、両手を差し出している。

これで信用してほしいということだろうか。

 

ああ、ややこしいのにつかまったと酔っぱらっている私は思うし、

このままいい気分で夜を過ごそうと思っていた私はむかついていた。

むかついていたが、男の身なりから類推するに、生活保護者で、

きっと困っているのだろうなと思う。

私がにらみつけるように男の目を見返すと、男と目があったり、

男の目が泳いでいた人して、私は根拠もなしに

この男は精神障害なのかもしれないなとも思う。

 

「すんまへん。他に頼る人がいなくて」。

 

どうして私に声をかけたんだろうか。

くそう。なんで、私なんだ。面倒くさい、面倒くさい!

私は酔っぱらっているので、こういうことにうんざりしていたし、

私は自分が金を持ってないので、それ以下の人間を見ると、

憎む気持ちがわいてくる。

 

私がどうしてここに来たの?と聞けば、

 

「72歳だけど、仕事があると思って、現場の仕事。

電話して、来たけど、来たら、72歳にできる仕事はないと断られた」。

 

どうして帰るお金がないの?と聞けば、

 

「仕事をしてお金がもらせると思っていたから。千円があれば、

帰れまんねん、家に」。

 

警察にいって、お金貸してもらったら?といえば、

 

「警察、お金貸してくれへんかってん、いったけど」

 

という返答で、私はまたむかついた。

私の質問は詰問だった。声が大きくなる。

 

なんで帰る交通費がないのか。

なんで雇われるだろうという根拠もなしに、ここまできたのか。

一向にわからない。このような男に千円を渡す必要があるのか。

別の何かで金を使い込むんじゃないか。ウソついてるんじゃないか。

他方で、本当に困っているのかもしれないという思いもないわけではない。

むかつく。

 

指にひっかけたコンビニの袋を重く感じる。

袋の中には炭酸水とカレーせんべいが入っていた。

 

「地下鉄のお金、JRのお金、合わせて千円ぐらいなんですわ」

 

私は男のことを信用しないが、助けることに決めた。

判断ができない。

では一緒に地下鉄まで行きましょうかと声をかけて、地下鉄に向かう。

一層のこと、この男の最寄り駅まで行ってやろうか。

 

男は左足を引きずって、私と並ぶように歩き、

街灯と店の光、車のライトに照らされて歩道を歩く私たちを道行く人たちが見ていく。

地下鉄の切符を買って、JRの切符を買えばいいのなら、

JRまで行ってやろうか。

もし男がウソをついていたら、私がそこまでしたら、切符の換金も面倒くさいだろう。

 

千円とはいえ、自分で稼いだ金を見ず知らずの浮浪者のような男に

渡すことに私は抵抗があった。

これがきれいな女なら、若い男ならどうだろうか。知り合いならどうだろうか。

きっと私はこういう男を差別してる。

 

面倒くさい、なんで私がこんな男と地下鉄まで歩かないといけないんだ。

駅まで1キロもある。

この男の最寄り駅まで行く必要もないし、地下鉄で結構。そうしよう。

早くこの男から離れろと勘がいってる、早くこの男から離れろ。

縁を切る千円。俺の悪いモノを全部持っていけ。

 

こんなことを何度も反芻して、私たちは地下鉄について、

私は千円で切符を買って、砂利銭と切符を渡し、

これでいいですか?

と告げて、男が切符とお金を両手で受け取った時に

私の左小指が男の手掌に触れ、私は嫌悪して、

男が改札に入ったことを確認せずに、地上に出た。

 

もやもやした気持ちが晴れず、スーパーで買いこみ、

家で暴食をしてから、眠った。