悲惨な引っ越し2

ここから出たい!という気持ちに拍車をかけたのが、3階に引っ越してきた

中年夫婦であった。私が住んでいたURのフロアは部屋、廊下を挟み、

対面に部屋がある。夜が深まれば、音が響いてしまうのである。

 

引っ越してきたばかりのこの中年夫婦はそのことに気が

付いていないのかいるのかわからないが、

隣人の生活音が気に入らないのかどうかもわからないが、

隣人の出すの音に対して、何かでもって何かをぶったたき、

その音が3階に響き渡り、またその隣人と中年夫婦が

やりあっている声も聞こえてきたりして、

さらに中年夫婦は共有物である廊下にごみを置く始末であった。

 

厄介者が3階に、4階にやってきたのだ。

かくして私は家賃引っ越しを決意し、静けさ求めて、家賃6万以下の

一軒家を探し回るが、これというものがなく、同僚の友達という不動産屋を紹介してもらうことになった(続く)。

悲惨な引っ越し

新生活。期待に胸膨らませる新生活。

 

私の引っ越しは悲惨だった。私は大阪市にあるUR都市機構の3階に入居して、10年目になるが、引っ越しを決めた理由は半年前から精神系のおばさんが私の上の部屋に引っ越してきたからであった。

 

そのおばさんはあらゆる生活音に対して壁をぶったたくという性癖の持ち主で、

私は一度頭にきて、丁寧な文句を怒りを込めて伝えにいき、その時にインターフォンから流れれる声の主、すなわち部屋の主がおばさんだと初めてわかった。私の丁寧な怒りを表明した文句を機に、4階の他の住人たちがおばさんに怒鳴り込んできたのだった。しかし、それもある日パタリと止まる。

 

ある日、おばさんの壁ドンに文句を言った別のおばさんがいて、その時におばさんは「きええええええええー」という叫び声をあげ、その声は私のいる3階のフロアにも聞こえたのである。以来、誰もおばさん宅にモノをいう者はいなくなり、しかし、おばさんの生活音に対する壁ドンは続いていた。

 

私は禁止されている猫を飼っていたので、猫が机やキッチンから飛び降りる音、床を走り回る音、鳴き声高い場所から飛び降りる音が聞こえるたびに、少しずつおびえるようになってしまった(禁止されている動物を飼うなっていう突っ込みはここではいったん置いておいて・・・・・・)。時に猫が出す音に偶然が重なって、おばさんの壁ドンが聞こえ、もうこれは耐えられくなった。下の音が上に聞こえることなんてほとんどないはずなのに、なんでやと、こうなる。夕方5時になると、この団地では「ペットの飼育は禁止です」というアナウンスまで流れてくる。というわけで、ここから出ていきたい思いが日増しに募っていった(続く)。

猫と幸せ 私の場合

 私はインターネットでニュース記事を読んでいて

猫の視線を感じ、振り向くと、猫が私をじっと見ている。

私は最近、猫と遊んでいないことを後ろめたく思っていたが、

だからといって、ただそれだけだった。

 

私が人差し指を出せば、鼻先を2回こすりつけることを今日の猫はしてくれない。

これが私を行動させた。

私はイスから立ち上がって、畳にコロコロをかける。

髪の毛や猫の毛や糸くずがコロコロにくっつく。

猫は動いている私が好きなので、カーテンの奥に身を隠して、私を見ている。

動く私とコロコロを見ている。カーテンが揺れている。

私は猫のことはほっておいて、コロコロを畳にかけていく。

ゴミを取って、寝るのだ。寝室は清潔に。猫は私を見続けている。

 

それから私は用済みになったコロコロの紙をグシャっと丸めて、猫の注意を引き付け、

えい!

と投げると、猫は

だだだだだだーと

一直線に駆けていく。駆けて行った先で猫は私を見上げる。

私は猫のもとに歩き、再び、今度は2つ目の丸めたコロコロの紙を

えい!

と投げる。紙のボールはあまり飛ばない。うっかり力を入れて投げると、肩が痛くなるので、私はほどほどの力で投げる。猫は先と同じように

だだだだだだーと

一直線に駆けていく。

 

こんなことを5回ほど繰り返しただろうか。私は最近、猫が駆けるところを見ていないから「これでいい運動になっただろうな」と自己満足に浸り、浸っていると忌野清志郎『完全復活祭』が耳に入ってくる。

忌野清志郎 完全復活祭 日本武道館 2枚組ライブアルバム

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多魔蘭坂を登り切る 手前の坂の

途中の駅を借りて 住んでる

だけど どうも苦手さ こんな季節は

お月さまのぞいてる 君の口に似てる

 

はにゃあんと鳴いて、私を呼ぶ。呼ばれた私は

猫、猫、猫~

と猫を呼び返し、また紙のボールを投げて、猫は一直線にかけていく。

なーんか私は幸せだった。

 

それから私がパソコンに向かっていると、猫が二の腕めがけて爪を立て、噛みついてきた。私は頭に来て、猫をとっ捕まえて、いい機会なので、爪切りをしたら、

後ろ足の爪を切ったときに、肉球を切ってしまった。

ごめん、猫。許してほしい、わざとじゃない。ごめん。

私は猫に謝り、チュールでご機嫌を取った。

 

幸せだったのに、私はバツが悪い。その猫はカーテンの奥で体を休めている。

もやもや

職場の同僚と飲んだ後、近所のコンビニで買い物を済ませて、

帰ろうとしたときに「ちょっとすんません」と後ろから声をかけられた。

 

「お金がないんですわ。貸してもらえませんか。家に帰ったら、返します」

 

こう切り出した男の年は70代だろうか。

浮浪者ではない理由は男から酸いた臭いがしないからだが、

髪はぼさぼさ、見える範囲で歯が抜けていて、

ホームセンターで売っているようなマジックテープのスニーカーを、

それもボロを履いている。

男を見ると、いきなり診察券やら生活保護の書類やらを

私に見せるようにして、両手を差し出している。

これで信用してほしいということだろうか。

 

ああ、ややこしいのにつかまったと酔っぱらっている私は思うし、

このままいい気分で夜を過ごそうと思っていた私はむかついていた。

むかついていたが、男の身なりから類推するに、生活保護者で、

きっと困っているのだろうなと思う。

私がにらみつけるように男の目を見返すと、男と目があったり、

男の目が泳いでいた人して、私は根拠もなしに

この男は精神障害なのかもしれないなとも思う。

 

「すんまへん。他に頼る人がいなくて」。

 

どうして私に声をかけたんだろうか。

くそう。なんで、私なんだ。面倒くさい、面倒くさい!

私は酔っぱらっているので、こういうことにうんざりしていたし、

私は自分が金を持ってないので、それ以下の人間を見ると、

憎む気持ちがわいてくる。

 

私がどうしてここに来たの?と聞けば、

 

「72歳だけど、仕事があると思って、現場の仕事。

電話して、来たけど、来たら、72歳にできる仕事はないと断られた」。

 

どうして帰るお金がないの?と聞けば、

 

「仕事をしてお金がもらせると思っていたから。千円があれば、

帰れまんねん、家に」。

 

警察にいって、お金貸してもらったら?といえば、

 

「警察、お金貸してくれへんかってん、いったけど」

 

という返答で、私はまたむかついた。

私の質問は詰問だった。声が大きくなる。

 

なんで帰る交通費がないのか。

なんで雇われるだろうという根拠もなしに、ここまできたのか。

一向にわからない。このような男に千円を渡す必要があるのか。

別の何かで金を使い込むんじゃないか。ウソついてるんじゃないか。

他方で、本当に困っているのかもしれないという思いもないわけではない。

むかつく。

 

指にひっかけたコンビニの袋を重く感じる。

袋の中には炭酸水とカレーせんべいが入っていた。

 

「地下鉄のお金、JRのお金、合わせて千円ぐらいなんですわ」

 

私は男のことを信用しないが、助けることに決めた。

判断ができない。

では一緒に地下鉄まで行きましょうかと声をかけて、地下鉄に向かう。

一層のこと、この男の最寄り駅まで行ってやろうか。

 

男は左足を引きずって、私と並ぶように歩き、

街灯と店の光、車のライトに照らされて歩道を歩く私たちを道行く人たちが見ていく。

地下鉄の切符を買って、JRの切符を買えばいいのなら、

JRまで行ってやろうか。

もし男がウソをついていたら、私がそこまでしたら、切符の換金も面倒くさいだろう。

 

千円とはいえ、自分で稼いだ金を見ず知らずの浮浪者のような男に

渡すことに私は抵抗があった。

これがきれいな女なら、若い男ならどうだろうか。知り合いならどうだろうか。

きっと私はこういう男を差別してる。

 

面倒くさい、なんで私がこんな男と地下鉄まで歩かないといけないんだ。

駅まで1キロもある。

この男の最寄り駅まで行く必要もないし、地下鉄で結構。そうしよう。

早くこの男から離れろと勘がいってる、早くこの男から離れろ。

縁を切る千円。俺の悪いモノを全部持っていけ。

 

こんなことを何度も反芻して、私たちは地下鉄について、

私は千円で切符を買って、砂利銭と切符を渡し、

これでいいですか?

と告げて、男が切符とお金を両手で受け取った時に

私の左小指が男の手掌に触れ、私は嫌悪して、

男が改札に入ったことを確認せずに、地上に出た。

 

もやもやした気持ちが晴れず、スーパーで買いこみ、

家で暴食をしてから、眠った。

よく毛が抜ける

といっても、私のことではなく、猫の毛のことだ。

うちの猫は、とにかくよく毛が抜けるので、毎日の掃除が欠かせない。

換毛期だ。

 

私はドラッグストアで購入した紙タオルで毛を絡めとっているが、

追いつかないので、時々、掃除機をかける。

猫と生活する以前は週に1度の掃除機だったが、今は週3回になってしまった。

2日もたてば、床が毛だらけ。黒の靴下は毛だらけ。

細くて、柔らかい、白い毛だらけ。

 今日も仕事帰りに、掃除機をかけた。

 

その猫は私の机の上が気に入って、だらーんと寝そべっている。

私が猫の背中をなでると、毛並みがそろって美しくなる。

私は美しいものが好きだ。

私は猫の背中を10回ほどなでる。そのなめらかな曲線と肉感が私の手掌に伝わる。

なで終えた先に毛の束ができる。

 

あんた、どんだけ毛が抜けんのよ。

 

私は猫に話しかけるが、この言葉を何度、猫にいっただろう。

猫は平然として寝そべっている。

私の猫は人に触られることを好ましいと思っておらず、

私もその範疇にあって、猫は寝そべったままブンブンマルをする。

 

ブンブンマルとは私の言葉で、

猫がいら立って、ぶんぶんとしっぽをふっている様をさす。

 

またブンブンマルして、あんたは。

ブンブンマルしても、毛は抜けんのよ。

 

猫はしっぽを振り振り振り回し、机にたたきつける。

わかったよ、わかりました。やめればいいんでしょ、やめれば。

 

猫はある時、机からひょろ、どたっと降りて、

和室に移動し、再び寝そべって、私のことを見つめている。

 

あ、寝た。

うちの猫はよく寝る。

ライン嫌いが嗤われる

「ラインしてないんですか!?
今時ラインもしてないなんて、僕の知る限り
聞いたことがありません。おいくつですか?
ラインは早いし、既読機能もあって便利ですよ!」とこの若い専務役員は嗤い、
私の上司はそれに言葉尻を合して、
「そうですよね。この人、変わってるんですよ。もうしてください!」
と追従した。そうして私はそいつの名刺を見ると、
生年月日がメールアドレスになっていたので、
8つ年下の男から嗤われるのはずいぶんと不愉快なんだなと思った。


知ってる。
ラインがメールよりも早いことも、既読機能もあることも知ってる。
なぜそこまで求めるのだろうか。常に捕まえられる私。
私がなぜ君にそこまでしないといけないだろうか?
あああああ、息が詰まる、死にそう。ぶっ殺すぞお前。
苦しい。


愛想笑いと照れ笑いと恥が私の顔に出てきて、私はうつむきがちになり、
なんとも憂鬱で、どういうわけか自分は劣勢で、相手が上位で、
私は負けた気分になってくる。
「はあ、そうですよねえ。ラインに興味がなくて…」
火に油。
「じゃあ、サブの方とラインのやり取りをして、
間山さんがラインをすることに期待して(笑)。
ラインのダブルチャックがあれば、安心ですし、
ラインしますね、間山さん!ラ、イ、ンですよ(笑)」


私は明るく嗤われる。
このバカはラインと何回言ったんだろう。
ラインの回し者かてめえは。
私は「はい、そうですよねえ、ライン……やります!」
と合わせ、新人気分で、その気分は最低のくそみそで、
くそみそまみれの私はまたこいつの部下の気分だった。
上司は相変わらず、ニコニコ笑っている。


ライン嫌いな人間が世の中にいることを知らんのか、お前は。
人間の格好をしているミジンコの脳みそを持つ若い専務。
私はそいつの胸倉をつかんで、頭を一発殴って、
「バカかお前は」と嘲笑した。


目の前の相手は相変わらずニコニコ顔で、私の心はどす黒かった。

呀雌

うちの猫の名前は単純なので、
漢字はせめてややこしくしてやろうと思う。

私はうちの猫の漢字を次のようにつけて、
ゲラゲラと笑った。

呀雌

口牙の雌。

お前はよく俺のことかむだろう。
だから、当然の当て字なのだ。