陶磁器と物語

1.はじめに

人は「○○焼産地の陶磁器はいかにも○○焼産地らしい」という判断を下します。しかし、現代においては産地間の商品の違いは完全に消失しました。どこの産地に行っても、似たような商品が並びます。それは国内外の通信手段、製造技術、移動方法などが発達し、産地間の環境の違いが実質上、消失したからです。にもかかわらず、なぜこうした判断が下されるのでしょうか。この作文ではこのことについて考えてみます。

2.伝産法

国内の陶磁器産地の多くは、日本政府が1974年に公布した「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」を通じて、伝統的工芸品の指定を受けています。指定を受けた産地は振興計画を作成。経済産業大臣の認定を受けた後、それに基づいて事業を行います。認可の利点は必要な助成経費の一部を行政から受けられることです。指定には次の3つの条件を満たすことが必要です。

  • 伝統的な技術または技法
  • 伝統的に使用されてきた原材料
  • 当該伝統的工芸品の製造される地域

陶磁器産地や消費地の小売店やを訪れると、ほとんどの商品に伝産法の指定を受けたという証明シールが張られています。以下の3、4、5で述べるように、実はこうした条件を満たす産地のメーカーはほとんど存在しません。

3.技術

この3条件の「伝統的」という言葉の定義を吟味することは脇に置きます。ここでは「伝統的」な技術について考えてみます。陶磁器産地のレポートや論文を読めば分かるように、あるいは実際に産地のメーカーを訪ればわかるように、産地の多くの技術は近代的です。陶磁器の生産技術は大きくわけると、ロクロと窯の二つ。多くのメーカーは自動ロクロマシンで商品の原型を一日に何百から何千個と成型し、それをガス窯や電気窯で焼きます。一般的にいえば、この技術の近代化は1960年代以降に全国的に広がり、従来の技術は失われていきます。

4.原材料

陶磁器における原材料とは粘土と釉薬です。陶磁器産地における粘土の枯渇や生産費を削減することを背景に、美濃や瀬戸、信楽や清水などの産地では地域の粘土を使うメーカーもいれば、外国の粘土、国内の他産地から仕入れた粘土を上手に使いわけるメーカーも存在します。釉薬とガス窯は密接な関係にあります。ガス窯の利点は大量に陶磁器を焼けること、窯の中の温度を一定にできることです。とするならば、当然、釉薬メーカーはこうした条件に適合するような製造体制を取り、ガス窯できれいに陶磁器が焼けるように成分を調整します。

5.地域

産地のメーカー群がその地域に立脚して、商品を生産していれば、その地域は「当該伝統的工芸品の製造される地域」と認められるはずです。はずなのですが、話は簡単に進みません。陶磁器の生産は主に4つの過程を経ます。

  1. 成型:ロクロで商品の原型を作る。
  2. 素焼き:約700度で原型を焼く。
  3. 釉がけ:素焼き後の原型に釉薬をかける。
  4. 本焼き:釉薬をかけた原型を約1200度で焼く。

実はこうした過程のいずれかを他の地域で行うやり方が存在します。簡単にいえば、zという地域で成型・素焼きしたものを、xという地域で釉がけ・本焼きするという具合に。「製造とは何か」という問うた場合に、陶磁器のデザインという側面を無視できません。あるデザインを模倣して、少しテイストを変えてやれば、新しいデザインが生まれます。方法は本や実物、インターネット、カタログ等を参考にすればよいでしょう。とすれば、はたして「当該伝統的工芸品の製造される地域」というものは存在しうるのか、という疑問が生まれます。

6.おわりに

これらは実際には、からまりあっています。産地間における商品そのものに違いは存在しませんが、商品に付与される物語は異なります。その物語とは、技術が近代化される以前の産地の歴史です。人は陶磁器の写真集、本、観光本を読み、その産地の歴史の一部を取りだし、商品に投影するという形で、○○焼の○○焼たるゆえんを探しだします。メーカーもそこに目を付けています。「この釉薬の垂れが○○焼っぽいやろ」、「この絵付けが○○焼らしいやろ」。つまり、提供する側とされる側が産地における物語を共同で描きだし、産地間の陶磁器に「違い」を生み出しているのです。かくして、今もなおつづく「伝統的」な○○焼。