アガワユキオ(64歳)

男は肉体労働者を予感させる。顔のほほは削げ落ち、肩幅が広い。筋肉質のがっちりとした体格だろう。手のひらは大きい。指が太く、ごつごつしている。爪は深爪だ。男は青と緑の中間色のような作業着を羽織っている。

(今日、職安に来た目的は?)ええと、目的ですか。どっから話ししたらいいんやろう(笑)。いわゆる運送業なんですよ。そこにおりまして。5月の連休明けに元請け会社から「運賃を下げてくれ」いわれまして。でも、運賃下げたら赤字になる、やっていけない。そしたら元請けが「もういいわ、作業場所貸してくれ」いうて。そこに新しく10人が入社して、結局、それまでの10人がはじき出されます。そのうちの5人が退職で、だけど退職金はもうほとんどゼロ。私はその5人に入ってます。あとの5人はクビにしたらもう、体も弱ってるし、仕事がないだろうとか、そういう条件がいろいろあって。その5人は他の営業所に変わって、残りのまだ頑張れる人間は退職する形でクビになって…それはわかってるんですよ、会社の先行きが見えてるから、わかってるんですけど、どうしようもできなかった。

(仕事ありますか?)仕事探してるんやけどね、64歳になると、もうないです。募集1人につき、13人来るとかね。求人が出たとこで、「今何人ですか」って職員さんに聞いたら、「3人目です」いうから、「しめた!」と思う。まだ希望がありますわね。でも、2日たったら13人、15人になってしまうんですね。だから60代の人間はまず外されますね。で、何が足らんかいうたら、資格がないんです。資格といろいろな条件がありますわね。「役に立つ、役に立たん」の判断は採用する側がするから、こっちはどうしようもないからね。だから、資格、技術・技能を持ってない人間はまず駄目ですね。子どもにもはっきりと説教されます(笑)。「再就職に資格やらがいること分かってるやん。例えば、学校の先生になろうと思ったら、資格がなかったらなれないんですよ。そんなんわかるやろ」いうて。分かってるんだけど、トラックの運転手の資格しかないんでね。

今、運送業の業界はもうどうしようもないですね。どこの業界もそうですけれども、業者が無駄を省いて、生き残れるかどうか。私はそのなかの下の会社にいたわけで。大きなガレージで大きな商いして、宣伝をたくさんしてる会社、それでも大変な苦労があるみたいですけどね。アメリカのサブプライムもあったし、これからどうするのか。(男は機械的な乾いた声で)私の場合はどうにもならんですね。家族は5人働いて、5人生活してるんですよ。近所から「いやあ、おたくいいですなあ、5人働いて、5人生活して、よろしいなあ」っていわはるけど、実際はそうじゃない。もう、先は見えてるからね。まだ住宅ローンが7年ほど残ってますしね。64歳いうたら、どうしようもないですわね。これからどうするかです。

昔、知り合いが従業員として仕事に失敗して、「仕事失敗した。どないしよう。僕、人生止めたら、自殺したら、住宅ローン払わなくていいんだよ、生命保険が入ってくるから、それで残った家族はやっていけるんだよ」いうて、(男は淡々と語る)3日ほどして、彼は首吊りましたよね。あとで涙ボロボロこぼしてもどうしようもないねけど。そういう人たちはだいぶおられますよ。

(ご自身もそういう気持ちになったことが?)彼の気持ちは分かるし、「自分の命も絶ってしまおうか」って思うことは、そら、ありますよ。弱い人はね、どうしても、そうなりがちですね。しっかりしてる人は「何とかしよう」と思うんですけどね、だけど、どうしようもないですね。やっぱり求人1人に対して応募数が多すぎるからね。1週間に4日とか、1週間に1日とかそういう仕事もありますし。その中でも8時間とかいう仕事はないですね。2、3時間とか半日とかの細切れの仕事はあるんですけど。だから、1日に3つほど仕事もらって、朝昼晩と仕事するとかね、なんか方法をとらないと、どうしようもないですからね。正社員の募集は60歳で駄目ですし、58歳でも駄目です、要するに将来性がないんです。

(離職後、家族関係に変化は?)私の場合は「明日の晩、集まってくれ」いうて、いわゆる家族会議で土下座して、「すまんなあ」いうて。子どもは資格持ってるから、3人とも将来はやっていけるからね。カミサンも仕事持ってるから、僕だけが駄目なんでね。「今まで何してたん」っていわれても、それはもう仕方がない。将来の準備をしてなかったから。だから、家族の関係は少しずつ変わってますね。カミサンはブツブツ怒ってます。上の娘2人は「何もいわないでほしい。仕事が決まったら教えてほしい。もう、細かいことごちゃごちゃ聞くのも嫌だ」と(笑)。息子はもう全然タッチしないですね。居心地の良さはだんだんと…、テレビもチャンネル権ないですよ(笑)。テレビ見てると、カミサンが帰ってきて、チャンネルちゃちゃって回しますんで。「おうおうおう」っていわんならんけど、(男の声量が下がる)だんだんと追い詰められる、仕方がないね。弟にも5月に仕事辞めることをいうたら、「これから大変やな」っていわれて、ようわかってくれる。

(就業の条件は?)私はもう働くための条件は何もいえないですね。とりあえず、1か月10万円あれば、それで辛抱。「それでもありがたい」と思わないと、仕事がもらえない。もう雇用条件のレベルが下がってきてるからね。テレビで時給1000円ってよういうてますけど、もうない。とりあえず時給800円もないですね。しかも半日の仕事とかで区切られてるから。

(希望してる業界は?)どこの業界でもかまわない。だけども、どこ行っても、電話で全部断られる。もう64歳という年で断られる。僕の場合は平成18年に仕事辞めてますんで、住宅ローンはあと7年。子どもも大きくなってきて、子どもも苦労させてますんでね。で、子どもらが「お父さん、明日の晩、ちょっと集まって」、「何」っていうたら、「自分がアルバイトして、仕事を見つけていく、資格取る」そういう方向で娘2人は行きましたし。息子は「お父さん、苦労してるの分かってるし、高校に行かずに仕事する」ということで。3人ともに「ありがとうございます」って私、土下座しまして。

(今の求職状況は?)えーとね、面接が7、8件。応募はハローワークの窓口の電話だけで止められます。

(怒りを覚えますか?)怒るどころか、あきれてどうしようもないです。5月と比べたら、だいぶ求人条件がだいぶ違いますよ。その時は14万とか16万の仕事がまだありました。だけど、こちらの頭が「それでは不服だ」というので、面接の時にいろんな条件が出てくると、断ってましたね。それは働いてた頃の給料と比べてしまうんですね。6月頃から変わってきて、今はもうムチャクチャです。

(職員さんは役にたつ?)職員さんは役に立つ存在ですけど、向こうもどうしようもないですね。職員さんと面接で時々お話するんです。僕が応募した会社に応募した他人の人数聞くでしょ。募集1人につき15人応募があったら、「まず、60代外さなあきまへんな」いうたら、職員さん笑ってはりますけどね。「年齢不問」って求人表に書いてあって、ハローワークで「64歳でも大丈夫か」って電話してもらって、「面接OK」で面接行きますでしょ。私、2か月後には65歳でしょ。それで「ウチは65歳で定年ですよ」といわれる。私の印象が悪いのか、わからんけどね。もう、あきらめて帰ります。話しても、一緒だから。

僕も65年生きてるとわかりますからね。雇う側にしてみれば、将来性のない人を雇いたくはないですよね。だから、こちらが条件レベル下げてるんですけど、もう一段、下げんと駄目ですね。先ほどいうたように、10万だけもらって、「それだけで結構や」と思うか、1日に3つ仕事持つか。あとはもう新聞配達して。普通の仕事がないんでね、掃除の仕事しかないみたいですね。もう、年齢聞いただけで。だから、5月は髪の毛真っ白やったんですけど、6月から髪の毛染めたんですよ、若く見られるように(笑)。で、歯が抜けてるからね、笑わないように(実際のところ男はよく笑う)。笑うとね、やっぱり10年ほど老けて見えますね。

(世間にいいたいことは?)何をいってもどうしようもないしね。自分自身がしっかりとしてなかったから、(男は自分を笑いながら)わかってることだから。5、6年も前から「明日の晩みんな集まってくれ」、「お父さん何」、「今すぐ不景気くるぞ」、「ほんまか」、「うん、不景気来るぞ」いうて。だから、車をバイクに変えたりね、いろいろやりくりしてたんですけど。だけど、もうどうしようもないですね。

私は年金も保険もないですよ(男は持っていた求人表の束を丸めて、他方の手のひらを「ポン」とたたく)。会社も経営がしんどくて、失業保険もね5、6年前から入ってればね…、保険のこと忘れとったんです!そこの会社も1年半ほど前に破産です。「あっちの会社に行ってくれ」いわれた時に、経営がしんどいのわかってるから「はい、はい」いうて。その会社も私をクビにするとあれだから、仕事を紹介してくれて。それで今の会社に移って、私は年を取ってるし、「アルバイトでいいですよ」という形で。(男は親指を首に当てて、クビのポーズをとる)3年でこれですよね。「年を取る」とは思わなかった、(男は自分の額を軽く叩いて、自虐的に笑う)しっかりせえや!

(将来の不安と希望は?)いや、もう不安ばっかりです。100%の不安。男が仕事しないことは、絶対駄目ですね、ほんまに情けないです。毎月、預金がドン!ドン!ドン!と消えていくのでね、そら、もうはっきりしてる。あっという間になくなる。

(相談できる人は?)こういうことをいえる人はいないですね。いえば、いうほど、こっちが惨め、哀れなんでね(笑)。しんどいのはしんどいですよ。追い詰められる夢を見ることもありますしね。5年先、10年先がどうなるかね、それがあります。いわゆる家の主人じゃないです。私が「もう、表札も代えてくれてもいいよ。筆頭者を代えてくれてもいいよ、居候の形でいいよ」って息子にいうてますしね。私、景気良かった20年前に子どもを座らせて、「人間、仕事はせなあかんぞ」って威張ってましたからね。それが今はこうなって。急にこんなに景気が悪くなって、クビ切られるなんて。