タカハシフサ(72歳)

老いた女がベンチに腰掛けている。黒く大きなボストンバックを地面に置き、左手は求人表らしいものを持つ。女は背中を丸めながら、時々周りを観察し、下を向く。女はホームレスに見える。鋭い目。僕は女に声をかけるべきだろうか、女は本当に求人表を握っているのだろうか。僕は女を見ると、目が合った。女の目に吸い込まれていくように、僕は腰を上げ、女に近づく。女の顔は日に焼け、髪の毛は艶がない。女は前歯をほとんど失い、目やにが両目に張りついている。両指の関節が膨れ、両手はむくんでいる。僕は自己紹介をした後、録音許可を求めるが、女は「信用できん」と一蹴する。

私も若い人と話したかったんや。私、若い人と話すのが好きやさかいな。話せば、仲良くなるねや。もう10年も前やな。主人が三菱の子会社で働いてて、退職したんやな。そしたら、主人が急死して、それで主人の姉がうちとこ来て、主人の退職金よこせ、いいよる。私、主人の退職金を貸したんや。でも、その人が貸した金を返さへんわけや。私、富山県まで鈍行で二日かけて行ってな、その人の家探しに。「確かこの辺やな」思いながら、地元の人らも一緒に探してくれて、私、年寄りやさかい、夜中の一時まで探して(笑)。なんていうの、その家が改装されて、違ってる。主人の退職金を借りて、金返さんと、家を改装してる。筋が違ごてるわけや。その姉、私にお茶も出さんと、「金は返せない」の一点張りで、私も気が強いさかい(女はその目をより見開き、僕を睨む。その睨みは金を貸した相手に対する憎悪を表しているようで、僕は怯える)、「そんなあほなことがあるか」っていうたんやけどな。姉の息子も来て、「帰らへんかったら、警察呼ぶぞ」っていうから、私も「呼ぶなら、呼んでみい」いうたら、警察来てな。警察はこっちのいい分は全く聞かへんのや。通報した相手のことだけ信じてな。私いうたったもん、「明日の新聞が楽しみやな。私の死体が明日、川に浮いてるわ」って。その姉もな「ここまで金取りに来る人が、死ぬわけないやろ」いい返しよって(笑)。息子が「これ持って帰れ」いうて、4000円を私に投げたんや。私、気が強いから、「こんな金いるか!」いうたけど、金ないし、それで京都まで帰ったわけ。帰りは警察に駅まで送ってもらって。夜中やさかい、駅で野宿。

近所にな、親しい人がいて、その人に保険証を貸したことがあって。そしたら、その人がドロンして、借金取りが家に来るようになって。でも、私は金も何も借りてないねんで。まあ、保険証貸した私が悪いんやけど。「金返すまで、消えるなよ」って相手はいうけども、私も気が強いから、「家もあるのに消えるわけないやろ」、借金取りにいうて。

私10年前まではちゃんと生活しててんけど、それが主人が死んで、保険証のこともあって、今、ホームレス。まあ、私が悪いんやけど、人を信じた私が。今、私な、空き缶拾いしてる。一日中寝ずに空き缶、拾って、収入は900円ぐらいやで。北京オリンピックの時は1キロで150円ぐらいやってんけど、今は1キロ50円になってな。それと、毎月15日にもらう年金で、毎月7万円の収入。

(今日、ここにいらした目的は?)今日、ここに来た目的か。暇つぶしや(女は笑い、左手の求人表を僕に見せる)。誰が72歳の年寄りの女を雇ってくれると思う。誰も雇わへん。10年前はちゃんと働いてたんやけどな。皿洗いやら何やら仕事してましたわ。その時は生活のために働いてたわけやけどな。もし今、「明日から来てください」っていわれても、二、三日でドロンするかもしれんしな。

(なぜですか?)仕事に束縛されたくないんや。私、この年やろ。私、明日生きてるかわからへんのやわ。自分の思うように生きたいんや。

私の父はひょうひょうとした人間で、「例えモノがなくても、貧しくても、心まで貧しくなったらあかん」いう人で。父からの影響もあるんやろうな、その意味では。だから私、缶拾いしてても、みんなから変な目で見られても気にせえへん。「人、街、交流センター」とかいう図書館で本読んで、その感想文をこのノートに書いたり。私、絵が好きでな、あこの木あるやろ(女は公園の中央にある木を指し示し、そのスケッチを僕に見せる)、あの木を走り書きで書いたりな。与謝野鉄幹の詩が好きで。なんやったかな、「友人は対等なつき合いで、金の貸し借りはしない」とかいう詩で。でも、私は人に金貸して、取られて…自分が悪いんやけどな、仕方ないねんけど。

(生活していくことに対する不安はありますか?)それはないねん。私、楽観的な人間かもしれんな。さっきもいうたけどな、私、将来が見えてるやろ。だから、自分のしたいことだけをする。
子どもいるけど、子どもも、もう40歳過ぎてるかな。子どもも嫁さんもらって、変わったいうか。嫁がいうわけや、私に「舞鶴に帰ったらどうですか」って。嫁は私が息子と嫁の自宅に転がり込まれるのが嫌なんやろうな。私、「誰が行くか。私はあんたの家に行っても、水の一杯ももらわへんわ」いうて。それから息子とも連絡とってないわ。でも、それでいいねん。「時間が解決してくれる」と思うねん。(女は涙を親指でぬぐう)やっぱり私の息子やし、息子のこと大切にせな、愛してるから。その息子が元気であれば、元気やったら、いつか会えるわけやし。

しょうむないおばさんの話しや。こんなんになったらあかんで。今、ずるい人いてるやろ。国にすぐ頼る人、生活保護とか。「国の財源もたん」と思うわ。なあ、そうやろ。だって、私の知ってる男の人は片方の目が見えへんねんけど、生活保護の申請に行く時だけ、眼帯巻いて、よろよろで役所に行くわけや。でも、申請が終わったら、眼帯はずして、自転車乗ってる。そういう人って仕事できると思わへん?私はああいう人みたいになって、金もらいたくないし。国の世話になったら、やりたいこともできひんやろ。それで私はホームレスやってんのや。