時代の仕事 三代徳田八十吉と松井康成

三代徳田八十吉(1933−2009)。光をはじくような表面と美しい緻密なグラデーション有した作品。松井康成(1927−2005)。卓抜した練り上げ技法による美しく繊細な作品。この2人の陶芸作家は現代日本の陶芸史に足跡を残しました。彼らの仕事は70年代以前においては、おそらく不可能でした。この作文はこのことについて考えてみます。

1.1970年代の陶芸作家
走泥社の影響を受けた70年代前半の陶芸作家は陶土へ関心を寄せ、その素材感を追及した作品を制作しました。やがて70年代後半になると、陶芸作家は作品を覆う装飾に関心を寄せ始めます。その帰結として、陶芸作家はイメージ優先の作品を生み出しました。かつて陶芸の主要な要素だった陶土は、この時代以降、作品作りの一つの素材としても位置づけられていきます。この変化は、陶土が陶芸を規定するという考えに反発していた陶芸作家たちを鼓舞し、陶土に対する考え方の多様化を意味しました。

2.三代徳田八十吉と松井康成
こうした時代背景を考慮に入れるときに、鮮やかに姿を現す陶芸作家が三代徳田八十吉と松井康成です。偶然にも2人は陶芸作家の田村耕一(1918−1987)から影響を受け、伝統工芸という領域において活動し、やがて人間国宝になりました。方法こそ違えど、彼ら2人の色彩に対する強烈な関心は、まさにこの時代の産物でした。

3.技術的な側面
とはいえ、70年代後半以降の陶芸作家の制作動向は陶芸の技術的な条件を考慮せずに、語ることはおそらく不可能です。にもかかわらず、陶芸の技術的な条件を考慮した陶芸史はほとんど存在しません*1。あるいは評論家たちによる作家評論においては「陶芸作家の○○は多大な努力と時間をかけて、この素晴らしい作品を残したのだ」という決まり文句に終始。ここではそうした言及を避け、技術的な条件を見ていきます。実は、70年代は日本の陶磁器産地に電気窯とガス窯がほとんど普及した時代でした。徳田は1969年に電気窯を、松井は昭和50年代にガス窯を導入しています。電気窯とガス窯は従来の登り窯や石油窯に比べると、窯の温度を正確に調整でき、窯の温度を比較的均一にすることを可能にします。これらの窯が彼らの作品制作に大きな影響を与えていたのです。徳田はいいます。

父の錦窯で、窯が壊れる限界まで温度を上げていきました。2度目に窯を壊したところで、独立して電気窯で制作することになりました。35歳のことです(監/乾:2011.140、一部省略)。

錦窯がどの種類の窯に属すか不明ですが、前後の文脈から判断すると電気窯やガス窯ではないでしょう。つまり、彼の父親が使用てした従来の窯では、彼は自分の作品を追及できなかった。他方、松井の関係者は、

外舘:昭和50年代にガス窯を導入したと聞いていますが、作品内容と関係がありますか。
康陽:窯の力を使うやきものもありますが、練り上げは基本的に炎の影響がないほうがいい。カーボンや灰がつくと思った色にならないですし。
石井:ガス窯は「炎がきれい」という言い方を先生はよく言っておられました(監/乾:2005.17、一部省略)。

少なくとも松井がガス窯の炎を好んだ、つまり作品にとってガス窯がいいと判断したと考えられます。

4.陶芸の技術的な条件に対する軽視
つまり、彼らの仕事は70年代における陶芸作家の制作動向、ガス窯と電気窯の普及という陶芸の技術的な条件に規定されていたのです。もちろん、それだけが彼らの仕事を可能にした、といいたいわけではありませんが、これらを語らずして彼らの仕事は語れないでしょう。技術的な条件をさらにあげるならば、徳田は焼しめた素地にダイヤモンドグラインダーで磨きをかけているし、松井にしてもサンブラスターで作品の表面を磨き上げています。詳しいことはわかりませんが、釉薬や陶土の分析技術の発達も彼らの作品作りに影響しているはずです。この作文の目的は、彼らの仕事が時代の仕事であったことを説明することでした。同時に、ここから見えてくることは、評論家たちによる陶芸の技術的な条件に対する軽視。これです。

〈参考文献〉
監/乾由明.「追悼 人間国宝 三代徳田八十吉展〜煌めく色彩の世界〜」.2011.朝日新聞社
監/乾由明.「人間国宝 松井康成の全貌」.2005.朝日新聞社
三井弘三.『近代陶業史』.1979.日本陶業連盟.
編/松山龍雄.「炎芸術NO.65」.2001.阿部出版.
監/矢部良明.『日本やきもの史』.1998.美術出版社.

*1:例えば、日本を代表する陶芸美術館の岐阜現代陶芸美術館は、近現代の陶芸史をHP上に記載しているが、技術的な条件には全く触れていない(他の陶芸美術館のHPは陶芸の近現代史すら記載していない)。日本の陶芸史の教科書的な文献である矢部(1998)の仕事も同様である。この現象は一つのテーマである。