お見合いセミナー

僕がスタバで本を読んでいると、2人組の女たちが隣の席に座った。当初、僕は彼女たちに対して無関心だったが、関心をもった。というのは、彼女たちの一人がお見合いサイトの話を切り出したからだ。僕は彼女たちの話を聞きながら、思い出していた。

3カ月ほど前、僕が見たお見合いセミナーは興味深いものだった。会場の収容人数は100名ほど。僕は、お見合いは過去の遺物だと認識していたから、人がお見合いセミナーに集まるのか半信半疑だった。

実際に集まった人数は80人半ば。女が80人ほどで、男が2人だけ。男は2人ともスーツを着ていた。僕はこの2人の男をよく覚えている。僕の前に座ったからだ。一方は30代後半から40代で頭上が禿げ上がった男。体形は170センチ代でやや細身。くたびれたストライプのスーツに、ホールカットの革靴を履いていた。彼は主催者の話によくうなづいていたし、途中で退席もしなかった。他方は30代、斜に構えた表情で、髪の毛は整っていなかった。彼は深いグレーのスーツを着て、かかとのすり減った黒のストレートチップの革靴を履いていた。彼はほおづえをついて、主催者の話を聞き、途中で退席した。

女の割合は20代から40代が9割。スーツを着た女、カジュアルな格好の女、学生に見える若い女…、若い女の母親と思える50代から60代女たち(ひょっとしたら彼女たちも自分のために参加していたのかもしれない)。

セミナーの開始時間が迫るにつれて、席が埋まる。開始10分前になると、スタッフがセミナーの書類を列ごとにまとめて配り、参加者たちがそれを個別に渡していく(小学生のときのプリントの配布方法を思い出してほしい)。この会場で男は僕を含めて3人。僕はこのセミナーの参加者ではなかったが、女たちが僕を吟味する視線は今でもよく覚えている。

セミナーが始まり、主催者が話を進めていく。

見合い結婚は昔の風習だと思う方が多数だと思いますが、違います。今でも形を変えて、続いています。私たちは私たちのサイトを通じて、お見合い相手をきちんと吟味して、管理しています。一般的な出会い系サイトとは違い、確実に安心してお見合い相手を紹介させていただくことができます。
女性は自分の年齢よりも10歳から20歳上の男性にアプローチすることをオススメします。あなたの年齢は、男性から見れば、あなたが思った以上に価値がないからです。私は相談者の女性から「年収が700万円以上、高学歴、世代が同じ相手がいない。なんとかしてほしい」という相談をよく受けます。私はこう答えます。「あなたのように、多くの女性はその条件で男性を探します。でも、見つかりません。その類の男性が選ぶ女性も高学歴だったり、高年収だったり、美人だったりするからです。あなたがそういう女性たちと競争するのは時間の無駄とまではいいません。ただ、あなたのゴールは結婚です。だから、可能性をもう少し広げてみましょう。対象年齢を10歳から20歳あげてください。最初は戸惑うだろうけど、私が知る限り、結局、幸せな結婚生活を送っている女性がほとんどです」と。その女性が私の言葉を実行すると、「先生のいった通りでした。私○月○日に何々さんと会います」とうれしそうにいいます。
男性が結婚に成功するコツは女性に対してお金をケチらないことです。デート代とか食事代は男が絶対に出すこと。女性はそこを見てるから。逆に女性はちょっとしたものを男性にプレゼントすること。300円のクッキーをあげるとか、手作りのお弁当を渡すとか。男性はそこに弱い。

主催者は30分ほどこういう話を続ける。休憩後、次に主催者はお見合いサイトに登録するためのお金と契約の話に移る。この休憩で4割の女が退室し、6割の女が登録用紙に自分の情報を書き込む。お見合いサイトに登録するときだけ、金が掛かる。入会金は約20万円。毎月の使用料金は男が約1万円、女が2000円。男はサイトに登録するための条件が一つだけある。年収が400万円以上であること。

セミナーが終了したあと、僕はもう一人のライターと話した。僕はこの光景の驚きを彼女に伝え、彼女は次のようにいった。

今日は面白かったですね。参加者は女ばかりだったから。今日がたまたまだったのかもしれませんが、女の方が登録する数が多いんですね。男のサイトの登録条件が年収400万円以上だったから、男が少なかったのかな。こういう時代だと、年収400万以上の未婚男をお見合いサイトに引き込むことは難しいかもしれませんね。20代の男だとなおさらですよ。そういう男は結婚してるだろうし。そもそも年収400万以上の20代の未婚の男の数ってどれくらいいるんでしょうか。大半はそれ以下だと思います。主催者が「20代男向けの雑誌に載るような文章を書いてくれ」って私たちに伝えた真意がようやくわかりました。

結局、僕はこの仕事を遠回しに断った。当初、先方が提示したあいまいな条件を先方は詰めることなく、さらにあいまいにさせたからだ。

僕はスタバでコーヒーをすすりながら、斜め前に座っている女をまたチラリと見る。体形は150センチ代で小太り。パーマがかかった黒い髪、ウェリントンタイプメガネ、黒デニムの上にロングブーツ。彼女は足を組みながら、コーヒーカップを左手に持つ。いいか悪いかは別にして、一言でいうと、彼女の姿は地味だ。彼女は

そのお見合いサイトの登録料が500円なんですよ。安いでしょ。でも、安いから、怪しいですよね。私、これ面白そうだと思って…、参加しようと思います!この前、美容室にいったときに合コン用の化粧の仕方とかで盛り上がって。私も早く結婚したいな。

と相手に軽快に語る。店内にはクリスマスソングが流れていた。