タニガキシュウヘイ(35歳)

僕はある女の取材を終えて、ベンチに腰を落ち着ける。顔を上げると、一方に野菜100%ジュースの1リットルパックを持ち、他方に求人票の束をつかむ男がウロウロしている。男は20代後半だろうか。オレンジの半そでシャツ、インナーにリブのよれた白いTシャツ、ジーンズ、そして履き潰したスニーカー。全てが男の体型よりも少し大きい。色白の男の額は禿げ上がっている。男は取材する僕を見ていたのだろう。僕の隣に座り、僕を横目でチラチラ見る。この男から話を聞くことはおそらく可能だろう。

今日は職を探しに。前職はさまざまな仕事をしてたんですけど、前は非常勤で介護職員してました。事業所さんから私が一方的に、その日に解雇されてしまって。「いや、今日で辞めてほしいんや」っていわれて、正直、びっくりしましたね。私に落ち度があるわけでもなく、経営上の理由みたいで。僕は最初あぜんとして、「再就職先とか紹介してもらえるんですか」っていったら、「そんなんハローワークに行って頂戴」っていわれて。まあ、結局、そうですね、放り出されてしまった状態で。労働基準局とかにも行ったんですけど。そしたら「解雇されるほうが問題があるんや」っていわれて。結局、解雇されたのは去年の10月なんですけど、その月の賃金も払ってもらえないまま、銀行へ振込みなしで終わっちゃって。で、事業所と交渉したら、やっぱり「払えるお金がない」いわれてしまって、「そ、それはちょ、ちょっとインチキなんじゃないですか」っていったら、「そんなん恐喝罪になるから、警察沙汰にするよ」っていわれて。それでもう怖くなって、「それならいいです」って。その事業所は今も続いてますよ、滋賀県にあるんですけどね。私だけじゃなくて、同期の2人も20日で一気に移動させられて。

「最初の3か月間は非常勤で仕事してもらう」ってその会社からいわれて。仕事の求人は正社員だったんですけどね。でも、「最初の3か月間は試用期間があるから、非常勤で雇うし」っていわれてしまって。私は雇ってもらいたかったし、「それいいです」という形でしたね。働いてる時間は職員並みの勤務時間でした。日勤して、そのまま当直があったりとか。だから丸2日寝てない時もあったんで。(突然、男が声量を上げる。僕はそれに驚く)1日平均で何時間働いててんろう、15時間から17時間ぐらい働いてたかな。朝6時ぐらいから終電まで働いてたんで。時給700円だったんですよ。3か月後には常勤の正社員になれるから、やっぱり辞めたらもったいないし、働いてました。でも、2か月半超えた時点で、その会社が「君にこの仕事合わへんわ。他の仕事選んだほうがいいよ」って徐々にいい出してきはって。履歴書を私に返してきはって。履歴書って普通返さないじゃないですか。「もう君いらんわ」っていいださはって。「いや、でも頑張ります。が、頑張ります」ってひたすらそれしかいえなくって。そしたら、「人並みに働いてよ。今の働きぶりやったら雇えへんのやわ」っていわれて。職員の人が休む時は、私が出勤して。だから、休みはなかったですね。日曜日もずっと出勤して。途中でヘルニアにもなってしまって(男は服をめくる。コルセットが腰に巻かれている)、お医者さんにかかりたくて、「半日でもお休みが欲しいんです」っていったら、「いや、もうそんな人はいらない、いらない、いらない」って。毎日のように「辞めて、辞めて、辞めて」っていわれてたんです。でも、私も生活があるんで。そしたら私が働いてた事業所、そこ病院だったんですけど、朝出勤したらロッカーにゴミが入ってたりとか、制服がなかったりとか嫌がらせ。私の制服がなかったから、積んであった他の人の制服を借りて、着たら、「盗みや」とかいわれて。仕事中でも、患者さんにお茶を配るんですけど、お茶の入ったケトルを職員の人に投げつけられたりとか。それで私が「こんなんやめてください」っていったら、「それやったら仕事辞めたらいいやん」っていわれて。それが段々ひどくなってきて、20日の時に「もう君、いらんわ」っていわれて。同期に入ってきた非常勤の主婦の人は「財布盗まれた」とか、「ロッカー壊されたんや」とか、『「詰め所費5000円払って」いわれたし』とかいってましたけどね。詰め所費は休憩のお茶代のことで、普通500円ぐらいなんですけど。

(仕事はありますか?)仕事ないです。経験・資格が必要とか。私は35歳なんですけど、「35歳で業界未経験の人は困る」とか、腰が悪くなってしまったこともあるし。で、警備員の求人でも「健康診断をやってきてくれ」っていわれて、健康診断の費用が5000円とかいるんで。今の行政からもらってるお金だけでは健康診断が受けれない。ケースワーカーさんとかにも相談してるんですけど、「そんな金は出せないんや。警備会社と交渉してくれな困んのや」とかいわれて。健康診断にお金使って、警備員とかでもばっちり雇ってくれはったらいいんですけど、ダメなことも考えると、元手が返ってこない。

(どのくらいの求人に応募していますか?)100件以上は求人に応募してますわ。介護も警備もスーパー、パチンコ屋、清掃会社、行政がやってる臨時職員、事務、営業、タクシー会社、自衛隊の試験も受けたりしましたし。背広がないんで、求人応募はこんな格好(男は自分の服装を僕に示す)で行くんです。「背広を買うお金を貸してくれはりませんか」って福祉事務所とかにいったんですけど、「貸せない」っていわれて。まさかねスーツ屋に行って、盗みに入るわけにもいかんし。ゴミでほかしてあるモノやったら窃盗とかならへんのかなと思ったんで。ほかしてある高校生が履くような破れかぶれのズボンとかを探したりとか。でも、そんなんなかなか落ちてないじゃないですか。服とかでも拾います。だから(男は片方の靴を脱ぎ、靴下を僕に見せる。靴下にはいくつかの穴が開いている)靴下でもむっちゃ穴あいてます。実際、面接にこぎつけるのは10件から15件ぐらいですかね。一度も合格はないですね。

(100件以上、企業に断られきました。どんな気持ちですか?)生活保護を受けてるんで、正直なところ、「働かなくてももういいかな」っていう気持ちが半分あります。「保護があるし、それを当てにする」っていうか。こんなんいっちゃあ、なんですけど、生活保護受けてるほうが楽なんですよね。以前の病院で働いてても、賃金て8万ぐらいしかもらってなかったんですよ。8万のなかから家賃、水道代とか払って、一日一食で働いてたんで。結構、生活保護って10万ぐらいもらえるんですよね。病院かかっても、ほとんどお金いらないんで。ケースワーカーさんにも仕事のことで相談するんですけども、相談になかなか乗ってもらえない。「はよ、仕事探してね、探してね」ってただいわれるばかりで。だから、今の気持は「このまま仕事見つからないほうがいいのかな」っていう気持ちが半分あるし、「生活保護が切られてしまう」という不安もあって。というのは、今のケースワーカーさんが「生活保護っていつまでも受けられるもんじゅないねや。今年中になんとか探してくださいね」っていわはるからですけど、仕事はなかなかないので。ハローワークの相談員さんに「何でも仕事します、何かないですか」って相談しても、「仕事ないのやったら生活保護受ければいいじゃないですか」っていわれて。

だから、食費もないし、家賃も払えない。自殺も考えたんですよね。「もう、どうなってもいいや」っていう気持ちになったから、一回、自宅から警察に110番して、「人殺したんで」っていったら、パトカーが来て。「お前何しとんのや!」って警察が自宅に入ってきた時には、私なんかパッといえへんかって。結局、警察から「誰殺したんや」って聞かれても、死体は出てこないじゃないですか。で、「強盗した」とかいろいろ私いったんですけど、「ウソやろ」っていわれて。結局、その場で警察からなだめられて、説教を受けて、「とりあえず、まあ入院できるところを探したほうがいい。保健所とかに行ったらいい」っていわれて。保健所に行ったら、「福祉事務所に行ってくれ」っていわれて。で、「生活保護を受けはったらどうですか」ってなって。その日中に生活保護の許可が下りてしまって、受給してるんですけど。「早く社会復帰したい」という思いが強いけれど、「働くところがもうない」っていうのが現状。半年ぐらい離職してるんですよ。だから八方塞り。家族には解雇のこと相談しましたけど、母親も父も病臥で入院して、同じく生活保護を神戸で受けてるんで、まあ何にも頼れない。

「保護切られたら、人殺してでも刑務所行かないかんのかな。刑務所行くか保護を受けるかどっちかやな」って。(僕は淡々と語る男に対して、怯えを少し覚える)だから「刑務所送りかな」っていう気は半分以上ありますね。被害者の方には申し訳ないと思いますけど、刑務所やったら食事ももらえると。極端なこというたら、「何人か人殺したら死刑になれるんかな」とか。「死にたい」という気持ちもあったり。

(相談できる友人はいますか?)抱えてる気持ちをはき出せる相手はいないです。神戸に友だちがいたんですけど、「金の切れ目が縁の切れ目」っていわれて。ケースワーカーさんとかに相談したら、「医者かかってくれ」っていわはって。精神科のクリニックに行ってもなかなか話しを聞いてもらえない、「君は精神的な病じゃない。ノイローゼみたいなもんだから、僕は君に何もできひんのや」とか。

(男はきっとそれを分かっているだろうが、僕は男にいった。「あなたのような状況なら人はあなたような行動をするかもしれません。あなたの身近な社会状況を回復させる支援が必要です」。僕は取材を終わらせようとする。「最後の質問です。社会・世間に対していいたいことは?」)
やっぱり雇用してほしい、格差をなくしてほしい。事業所さんとかでイジメとかなくして、平等に働ける機会がほしい。普通の生活ができるような、お風呂に毎日入れて、三食食べれるような普通の生活をしたい。今この野菜ジュース飲んでますけど、今日の一食です。一番安く上がるし、栄養もあるから。安心して暮らせるようにしたいし、働きたい。それしかいいようがないですね。

僕は男との出会いから1か月後、再び同じ職安で男を見かける。男は紺色のスーツをビシっと着こなし、革靴を履いている。男は背筋を伸ばし、周囲にわき目も振らず、職安に消えていく。