ツチダナオト(36歳)

男よれた半そでTシャツ、ハーフパンツ、ゴムゾウリという格好で、金のネックレスをかけている。身長は160cmほどで、Tシャツからは盛り上がった上腕二頭筋が見える。男は石垣に腰かけながら、周りに響く声で携帯で話す、「おう兄弟!」。内容は求人のことだ。僕は男を観察しながら、男を親しみやすい人と判断。20分後、男が携帯を切ると、僕は男に歩み寄り、自己紹介する。男の第一声は「なんで俺が仕事探してることを知ってるの。自分怪しいな、名刺とか持ってるわけ」と太く、大きく、早い口調で僕に聞く。僕は携帯のやり取りが耳に入ったことを伝え、男に名刺を差し出す。男は「そういうことやったら、かまへんで。でも、俺も君のこと知りたいから、俺の質問にもちゃんと答えてや」と僕に同意を求め、取材を許可する。

(今日、職安に来た目的は?)今日の目的は仕事探し。僕はもう4か月前から仕事探してる。まあ、業界は運送関係。11月に他の会社辞めて、ここですぐに別の会社見つけて、行ったはいいけど。いうたら、某運送会社で3か月試用期間過ぎたのに、景気が悪なったから、僕を社員には採用できひんと。それなら、「アルバイトを雇って僕を社員にして」って頼んだけど、そんなんは筋が通らへんと。挙句の果てに、試用期間の時給もの総額の計算も合わへんかったっと。そんなんで、会社ともめて辞めました。そこの会社にいてもしょうがないから。

(辞めるときに葛藤は?)そんなんはなかったよ。辞めた当初は自分にも自信あったし、それなりの10年以上、こういう業界でやってるから。その会社に嫌気さしてたし、「辞めたろ」いうのは常にあったし、なんていうの、そんなん全部超えてたし。先のこと考えてたら進めへんし、一か八かの賭けでやってるわけですわ。今でも希望は捨ててへんしね、この業界で生きていこうと、今でも探してるし。「この業界のいろんな資格も取ったろう」と思てるし。いうたら「フォークリフトとかあんなん取っていこうか」と思てます。僕は絶対にあきらめはしません。そら不安がでかいですよ、僕も家族持ってるから。けど、不安がってたって、絶対前に進まへんし。根拠のない自信持ってる。それがないとやっぱり自分が壊れる。自分ができると信じてたら、こんな状況でも必ずできる日が来るし。やっぱり年齢もまだ僕36歳やし、まだ、いける。運送系の面接に来る人って僕より年いってる人ばっかりですよ、僕が一番若いぐらいで。それに僕は10年以上の経験あるし、だから面接は最後まで残る、最後までいける自信もつくしね。

(離職後、家族関係に変化はありましたか?)そらありましたよ。お金のことでもめて、離婚もしかけたし。けど、あの、しょうがないでしょ。辞める時も、家族の嫁さんと話をして「もう、ええやろ」というて、辞めたし。それを見とんのやから、「大丈夫や」と思うやけど。やっぱり喧嘩もしますよ、お金のことで、全然ないし。仮に今アルバイトとか行ったとしても、そら前の月給の3分の1やからね。しゃあないすわ。こうなって自分を見つめ直すこともあるし、時間が増えていらんことも考えるけど、自分の欠点とかいろいろ分かったし。昔のことばっかり考えてもしゃあないですやん。

(男は職安に通じる歩道を見渡す。多数の老若男女が職安へ行き来している)ここに来てる方は、派遣切りの方が多いですわ。なぜかというと、本当におとなしい方が多いでしょ。こんなハキハキしてる奴ってほとんどいないですわ。だから、僕はあの人らのことを差別するじゃないけど、かわいそう、つらいとは思いますよ。こんな暗い人らがようさんいるなかで、「俺、就職できんのか、ここで俺何やってんのや」と思いますよ。「派遣として工場で仕事してて、結局、自分にも甘えがあって、そういう行動を取ってはったから、そういうふうにならはった」と思うし。テレビではあんなして、派遣切りやどうのこうのいってるけど、切られた方にも原因があるし、切った企業にも原因がある。ネットカフェ難民とかって、派遣で安い会社の寮で暮らしてるわけやから、家賃が浮くから、貯金できるやろ。それが貯金ないとか、おかしいですやん。僕も仕事今はないけど、ちゃんと計画して、稼いで、家のローン全部返済したから、それやってから会社辞めたんですわ。

(就業の条件は何ですか?)僕はやっぱり、正社員、それかせめて契約社員雇用契約がしっかりされること。別に休みはこだわりません。僕らの業界は休みなんか関係ないし、正直な話、運送は12時間労働が当たり前やから。それを僕は苦に感じてないし、運転手として荷物運ぶことに自信持ってるし。そんなこといったら何もできひんし。昔の休みは年間60日とかそんなんやったから、休みはあればいいかなって。ほんまはあかんのやけどね、そういう会社にもいました。みんなそうですやん、見えへんところでいろいろありますやん。そこに労基が入るか、入らへんかのだけで。今、嫁と2人なんで、嫁もパート出てて、あれなんですけど。もうやっぱり、僕はその昔から、家庭的にも恵まれてないところに育っていて、最低限の生活を知ってるんで。社会保険で引かれて、20万ジャストかちょいあったら、全然いいです。15万とかなると、そんなんアルバイトと変わらへんから、やはり社会人として家族持ってんのやから、それぐらい欲しいね。

(職安の職員は親切という評価とそうじゃない評価がある。職安の職員をどう評価しますか?)そんなんいってる人、あほでしょ。(男は批判じみた口調で)だって、ここは仲介役やねんから、それに基づいて行動するのが職安の役目でしょ。そういう親身さを職員に求めたって、しゃあないですわ。僕だって半年間たって、前の会社になめられたこといいに来たけど、「やっぱり職安は紹介する側」っていわれたしね。職員さんもちゃんとその会社のことをメモられて、ここのリストには残ってます。そんなことを求めたらあかん。そんなこといってる奴ほど、駄目です。「何を求めてんのや。雇われるんやろ。選ぶほうじゃない、選ばれる立場ですよ」と。僕はいいたいことを職員さんにいうて、職員さんのいうことも聞くし。職員さんに相手の会社に電話してもらって、僕が聞きたいことを職員さんは相手の会社にもちゃんと聞くし。だから職員さんはよくやってくれてる、それ以上望むことなんて何もないですよ。

(世間にいいたいことは?)しょうがないでしょ、こうなった以上は。誰も好き好んで、こんなことせえへんでしょ。やっぱり、雇用がどうなったから、どうのこうのって。たかが失業者って350万人ですやん。1億人のほんの少しですやん。他の人働いてはるでしょ。ここに来てる人だって、「何かしら稼いだろう」と思ってるわけでしょ。それで稼げへん人は「やはり自分にも原因がある」と思うしね。自分の望み以上のことをいって、あかんのかもしれん。もうしょうがない。誰を責めるわけにもいかんわね。リーマンショックが始まって、そういう流れになってしもうたんやから。とりあえず前向きにいかんとしょうがないかな。僕が若いからいえることかもしれんけどね。楽観的な面もあるけど、落ち込んでたら鬱病になる。そんなもん一々ね考えてたって、ない時はないし、ある時はあるんやから。人に頼らず、自分に頼らなあかんし、自分はそうやってきたから。それにしたがって生きたら、必ず道は開けると思てますよ。(男が「君は何でこの仕事やってるの?」と聞く。「僕はこの仕事が好きだからです」と答える)そうやろ、好きやからやろ。運送業界って12時間労働がザラやけど、荷物運んで、出す時にお客さんが最後に「ありがとうございました」っていう言葉聞くのが一番うれしい。だから、僕はこの業界でずっと働きたいね。