タチモリイサム(36歳)

折り目の効いたスーツ姿の男は職安の求人表ではなく、フリーペーパーのタウンワークをめくりながら、ベンチに腰かけている。刈上げた長めの髪の毛、くぼんだ眼窩、濃い眉毛・あごひげ、丸い顔。男は仕事カバンをベンチに置いて、何をしているのだろう。

(今の勤めている業界は?)駄菓子のメーカーです。会社から急な賃金カットがあって、「それは飲めへん」ということで今、会社ともめてるんです。ひょっとしたら解雇になるかもしれないので。今の会社に入社してまだ半年ぐらいなんです。「君がうちに入ったら、売り上げは200万上がる。でも会社の思った通りの売り上げになってない。だから会社としては納得できない」と。でも、そんなことはないわけで。僕は売り上げを上げてるんですよ、この不況下の中。会社の実態上、僕が聞いてるのは、「製造現場はかなり休むから給料は減ってる。営業だけ給料の保護はできない」というらしいですね。そういわれても、僕も半年前に入らせてもろた時、会社は営業にお金をかけるという意味で僕と契約したわけですし、話が違う。僕の給料は製造部門の給料以下なんですけどね。僕は営業成績をずーっと上げてて、今月だけちょっと悪かったんですよ。それでも去年よりは上がってるんですよ。これがひどい話で、会社も僕を雇ときたいんやけど、給料を月に4、5万下げる。手取りでいうたら、14、15万です。これでは生活も大変になるから、「賃金カットは困る」ということで、会社と話しあってるんですけど。会社は「そんだけ下げないと経営できない」という一点張りで。「まあ、どうしようかなあ」という感じです。会社を辞めてよそで働く可能性もありますけど、僕はここで給料を下げずに働きたいので、1人で入れる労働組合に入って、会社と話しあっていこうかなって。会社が「解雇する」っていうなら、別にせざるをえないんですけど。それは不当解雇になりますんで。それでもまあ、「また別の仕事探さなしゃあないな」という感じですね。

小さい会社なんで、営業は2人だけです。僕だけ大きなダウン表示をいわれてて。もう1人の先輩はずっと勤めてこられた方で、給料は歩合として変動するらしいんですよ。会社はこの人に抜けられたら困るんで、結構手厚い待遇ですけど、それでも「ちょっとは減ってる」と思うんです。今回の僕のダウンに対して、その先輩は「それはなんぼなんでも減らしすぎやで、社長」ていうてくれてはります。

労働組合は会社にないんです。だから、大きな全国組織、個人でも入れる組合がありますよね。そういうところで、交渉を手伝ってもらうと。僕と社長との話しだけでは何ともならんので。まあ、会社が違反してる部分は、「やっぱりここは駄目ですよ」っていうことで。まあ、「駄目なとこは駄目」っていって。僕も譲歩的に「ここまでは下げてもいいけども」っていってるんですけど、向こうが「そうじゃない、いった額でないと無理や」って。「それなら、それをいわはるだけの会社の状況を説明してください」と、財務状況を説明するとか、筋を通してほしいんですよ。僕だけ賃金を大きく下げられる。みんなちょっとずつは減ってはいるんですよ。僕も賃金が減るのはある程度、了承、仕方がない。でも、そんなに減らされたら、生活やっていけない。専門的なことは知らないんですけど、今回、こういう話が出てね、僕も知ってる人がいっぱいいるので、「労働に詳しい人に相談したほうがいいな」と。「そんな急な大幅な賃金カットが許されるのかどうか、おかしい話やな」と思うんで。まだ、組合には入ってないんですよ、実際に相談しただけで。僕が聞いた話では、会社が労働者を休ませた場合はその給料保証をせなあかん。不当な理由であれば全額当然払わなあかんでしょう。正当な理由でも、労働者が休んでくれへんとどうしても経営が立ち行けへん。その代わり給料の6割は会社が最低保証すると。今回の場合は勝手な会社命令ですからね、僕は財務状況とかも見てないし。

(解雇されるまでは闘いますか?会社から嫌がらせを受けることを考えたりしますか?)解雇されるまでは辞めたくないです。労使の交渉を通じて、会社からの嫌がらせはないことを信じて、想定して、やるしかしゃあないですね。あとは、もしパワハラがあったとしたら、それはそれで訴えなあかんことですし。そんなんを最初から考えていたら、何もできないし。

(将来に対する希望と不安どちらが強いですか?)不安がきついですね。やっぱりそうやって賃金カットの話しがあったりとか。これから先、もし、解雇されたりしたら、「職があるかどうかも分からないこの不景気の中」というのがあります。今日、僕がこの求人誌を持ってることも、ここに来たことも、「もし、解雇になったら」という保険的なもんですね。

(世間にいいたいことは?)日本の社会構造からしたら、やっぱり、政治の方向はおかしいな。というのは、税金とって、一部の公共事業とか軍事費とかの無駄もありますし。あまり使わなくていいところに税金使ったり。消費税も逆進性がきついじゃないですか。間接税自体がおかしいので。そうなってくと当然、弱者が切り捨てられる厳しい状況になっていく。まあ、そういう意味で社会は変な方向に行くのは間違いがないでしょうね。消費税がある前は、所得税が中心やったんで。所得税には景気の自動調節機能があるんで、景気悪かっても持ち直していく。それで富の集中、格差が広がってる。それは政治の責任、政治被害だと思うんですよ。それがなかったら、皆さんもっと働ける状況があったんじゃないかな。あと、「福祉も雇用と同様、政治被害がある」と思いますね。僕、大学が法学部やったんで、以前から社会的・政治的なこととか労働問題に関心をちょっとずつ持ってて。まあ、みんなひしひしと現状を感じてはるんと違いますか。大企業の社員さんも賃金カットされてたりとか、有給はきちんと消化して、出来るだけ有給買取りとかをせずにいたりとか。とりあえず、賃金を払わん方向でみんないくようになってますし、「それで政権交代にようやく動いた」と思いますけどね。

僕は第二ベビーブームなんですよ。ちょうど僕が大学卒業した時が超氷河期。だから、求人が少ない上に応募者が多い状態やったので、僕の友だちも半数ぐらいは就職浪人しましたね。そういうなんで、仕事選んでられない状況で、公務員を受けて、落ちましたけど。結局、決まった会社はアパレル関係やったんです。それからもう1回、公務員の試験受けたんですけどね、その会社を辞めた時に。それも落ちましたね。僕らの世代でも高卒で働いてる人らの生活がいいんですよ。その時にバブルの崩壊があったので。その時はましやったんですよ。そのあおりを食らったのが、ちょうど4年後なので(笑)。その頃はもうかなり苦しかったですね。変な話ですけど、大学行って、就職悪くなった。

実は今日も仕事やったんですけどね、会社に拒否されたんです。「その条件が飲めへんのやったら、働くな、働たらかさへん」という状態です。昨日は1回話しして、「その日はとりあえず働くな」ということで、昨日から働くこと拒否されてます。話を聞いてから、2日間は働かせてもらえてないです。会社の都合で「帰れ」ということなんで、僕は「その日の給料払ってくださいよ」。給料の締め日が終わった時にいわれたんです。「締め日で給料変えるよ。4万も5万も月の給料から引くよ、明日から給料これね」と。営業日でいうたら、次の日からその給料になるわけで。そんな給料の交渉の仕方もないし。そういわれて、「はいそうですか」ってならないでしょ。で、「もうちょっと考えさせてください。とりあえず仕事させてください。次の給料の締め日まで1か月あることですし、給料のことはゆっくり話し合ったらいいことで、その間働いてても、どうということはないから、働かせてください」っていってるんです。でも、「それじゃ給料も決まらないから働かせられない」っていわはる。僕からしたら給料は決まってるんですよ。それを下げるか、下げへんかだけの話しで(笑)。これも変な話で、うちの会社は日給月給なんですよ。だから出勤したら、出勤しただけの日数が基本給になるんです。ほんまやったら、明日の土曜日も募集要項で入った約束によると仕事なんです。でも休み。だから、来月の給料は減るでしょうね。減ったらおかしいですけどね。「出勤させてください」っていうてるんやからね。でも土曜日が休みに関しては、ある程度僕も譲歩します。会社の経営も苦しいのわかってるから、僕は平日に仕事やらせてもうて。

(ご家族には相談をしましたか?)家族には話ししました。親は「まあ、その賃金では絶対に生活できないから、闘うところは闘って、まあできるだけ頑張りない」という反応ですね。僕、独身なんでね。正直、僕も年も年やし、今36歳です。僕転職してきたんですけど、もうこの辺で落ち着きたいんで。会社とか取引先とか半年、学んできたんで、スキルをちょっとずつ身につけたとこで、辞めるのはもったいなんでね。「これから」という時なんで、今の仕事続けたいんです。賃金のこと以外に関しては全部いい会社ですから。