ヒサミツシズオ(53歳)

職安の隣で求人誌を配る顔馴染みのWさんが「派遣切りにあったんだって」と、中年男を僕に紹介する。ちまたに溢れる「派遣切り」という言葉。男はよれよれのTシャツ、色落ちしたジーンズ、そしてサンダルを身に着ける。一目見ただけでは、男がホームレスに近い生活をしているとは思えない。しかし、僕が男に近づくと、強烈なすえた体臭が僕にそれを想像させる。男は取材を許可する。僕は「派遣切り」と男の体臭から想像しうる彼の生活に密かに歓喜する。僕は男の話に沿いつつ、男に同情しよう。男がもし自分の浪費で男の状況を作ったとしたら、僕は男を詰問しよう。派遣切りに合った人はなぜ貯金しないのか、というなぞを知りたい。男は話し始める。

7月10日に派遣切りにあって、それから寮を15日に出て。一時、住むとこなかったから、2週間ぐらいホームレスみたいな形で公園で寝て。それから、雇用保険の手続きをしてなかったもんですから、早めにそれをハローワークで終えて。来月ぐらいから雇用保険が入りますので。雇用保険とわずかな給料も来月一緒に入るという形で。雇用保険が半年ぐらい支給されますね。

(今はどうやって生活を?)知り合いの紹介で、今は入居はしてるんですけどね。ただ、一銭の蓄えもなかったからね、今もう0円だから。もう、お金が来月ぐらいしか入ってこんから。貯金が全くなかったもんで、1週間も2週間も何も食べてなくて。今もほとんど食べてないですけどね、家に帰っても。だから、大津市の石山から七条ハローワークまで歩いてきて、大津市ハローワークが近いんやけど、こっちに用事があったから。

(以前、働いていた業界は?)製造業です。大きな会社の工場なんですけどね。2週間ぐらい前に急に解雇通知をいわれて。多分、10人近くが7月いっぱいで派遣切り。僕は「もう10日で一応、辞める」っていう形で辞めましたので。やっぱり自分が今までですね、3年近くですね、真面目にですね、遅刻もしてないですし、休みの少ない日も真面目に仕事をやってきましたので、まさか自分がこういう運命になるとは全く予想してなかったですね。僕だけじゃないと思いますけどね。僕よかやっぱりいろんな方がそういう目に会ってる方もいらっしゃるからね。

(リストラを告げられたときの心境は?)それをいわれた時は、おかしいとか怒りの感情がありましたけどね。派遣会社よりも工場の立場がはっきりいうて強いからね。だから工場から派遣会社に直接いわれたから、僕はもうどうすることもできないんですね。こっちはある程度のことはいったんですけどね。でも派遣業界も厳しいみたいで、上の人、お客様からいわれたら、それに従うしかないから、いい訳になってるんですけどね。抗議はしましたけどね、なかなかいい返事が返ってこなかったからです。「これは無理じゃなあ」と思いましたね。

(どういう具合に解雇を告げられたのですか?)派遣会社から、「解雇です」っていわれただけです。だから会社都合ですね。雇用保険が14万近くは毎月、入ってくる予定なんですが。派遣会社と寮が彦根にあったんですけど、住所を彦根から今の大津の住所に移してですね、それが終わってから手続きしましたので。

僕は今、53歳なんですけど、20代の時に両親を二人とも同時に亡くしてですね。で、まあ、僕は一人っ子ですから、全然頼る人が、両親がいないから。実家が福岡なんですけど、家も引き払ってね、今ないような状態ですからね。「福岡に帰ろうかな」って思ったけど、帰っても住む家もないですからね。だから、もう一度、こちらで一からやり直したい気持ちが強いですからね。半年ぐらいの雇用保険ですから、それ尽きたら、収入が入ってこんようになるその前に、1か月ぐらい前には安定した仕事を決めてですね、働きたいという気持ちがありますね。

(飯は食べてますか?)僕はもうほとんど食べない人間ですから、前の会社の人たちもちょっと応援してくれてますので。食べ物だけなんですけれどもね。まあ食事を、カップラーメンでも時々届けてくれますので。それで何とか生活してますね。ただ、もう現金は一切こう、「そこまで助けてもらおう」と思っていないので。自分の意地があるし、そこまで甘えるわけにはいかないしね。芯が強いっちゅうか。でも、現金は必要ですけどね。食べるだけやったら、生きていけますわ。人によっていろんな生き方があるしね。「ああもう、はやく来月にならないか」ってそのことで頭がいっぱいですよね、それをやっぱり考えてますね。それ以外のことは何も考えてない。ただもう、今健康だから、まあ、そのうち病院にね、今はいいんですけど、来月までもってくれればいいんですけど。問題はないですからね、体調も別に悪くはないし。

全国的に不景気だけで終わらしたくはないですね。段々いい方向に、急がずね、生活できる範囲ですね、少しずつよくなってもらいたいっていう気持ちがありますからね。それはよくなってくれれば、ありがたいけどね。僕が決めることじゃないですけど、自然の流れですから。僕、車の免許、昔あったんですけど、取り消しになって。それから取りに行ってないんですけど。できれば、免許を53歳やけども一から取りたいし。保険はもう国民保険に加入すれば、別にそれでいいです。社会保険のない会社でも別にいい。いい内容の仕事が見つかればいいですけどね。なかなか難しいですね。

(なぜ貯金できなかったのですか?)プライベートで支払いが結構多くて、貯金する余裕がないような状態ですね。過去、支払いが残っていたもんで。貯金をしたいのは山々やったんですけどね。

僕は男に詰問しようとして、やめた。質問すること自体に嫌気が差した。男を詰問してどうなるのだろう。よくわからない。男は他人から現金をもらうという助けを必要としていないが、僕は申し出た。僕は男に4千円を職安のトイレで渡す。雇用保険は一か月後に男へ支給される。それまで男は一日一食のカップ麺を食べるか食べないかの生活だ。男のいうことがウソでも本当でもどちらでもよかった。「ありがとうございます、助かります、きっと連絡します」という男からの連絡は、今もない。