ムラタキヨジ(55歳)

若干削げ落ちたほほ、細長の輪郭、そして年相応のツヤのない髪。男の身長は170センチぐらいだろう。体格は細身。男はベンチに腰を下ろし、背中を折り曲げ、右手に鉛筆を持ちながら、原稿用紙のような書類を前に思案している。男の受け答えは誠実だ。

(今日、ここにいらした目的を教えてください)今日の目的は資格を取ろうとして。これ「介護職員基礎研修科」という申し込みを20日までしなければいけないんですけれども。僕は8月20日に退職をするんですけれども。僕は平日が仕事で、明日からお盆休みでしょ。お盆休みは職安の受付がないんですわ。だから今日が最終日みたいなもんで。時間までにこのレポートを400文字を書かなあかんもので、何もこの業界に関する知識がないもので、初めてなので、今苦心してるところですわ。

今、年齢的に55歳なんで。途中退職になる形です。会社の人員整理という形で辞めることになったんですけれども、僕が希望したわけではないんですよ。まあまあ、100年に一度とかの不況とかっていわれてますね。そういう中で仕事の量も減って、会社も整理を考えてということで。今回、5月ぐらいに話があって、その後をね、人員整理みたいな形でね。で、やっと8月20日に退職するという話に決まったんです。あと、「今やったら退職金を少しながらでも渡せる」と。「このまま続けていけば、それも払えへん。払わない。退職金はないで」と。ほんなんやったら今、まだ55なんで、家族を養う分、あと10年ぐらいは働かなければいけないというか。家のローンも抱えてますんでね。どこかで働ければと。次の仕事を探してたんですけども。その時に、そういうような試験が受けられると。その申し込みが目に留まったので、ちょうどチャレンジしようかなと。「介護の仕事も年齢的に10年とか先でもやれる仕事かな」ということで。それまで職安で経験とかを見て、仕事選んでたんです。だから、そら資格があったらやれるんですけど、よう考えたら自分も資格もあんまりないので、仕事選びが狭まってしまって、「これ」という職業を選べない、選択する余地がない。まあ、自分に向いてる仕事の求人が少ないと。それで切羽詰まってた時に、これを見て「チャンスかな。一つ試そうかな。どれぐらいの競争率かわからないけど、応募しようかな」ということです。自分が望む福祉業界でね、「間に合うか、やっていけるかどうか」っていうのはね、やらんと仕方がないことやし、それを前にして踏みとどまるようことは、今はもう考えないと。「前に進むしかない」という気持ちです。現場によっては時間の夜中の勤務とか出てくるやろうけどね、それはそれなりにやっていって。それ以上のことを、次のステップがあるんやったら、その中で考えていけば。その仕事自体が無駄やいうことはないと思うんです。自分がやったことに対して、人との関わりとかね、接したことによって、自分も成長するし、相手の方も苦しみが和らいだりとかがあるだろうし。

(以前はどういう業界でお仕事を?)前の業界は印刷業です。

(リストラを告げられたときに何を考えましたか?)「リストラ」といわれた時ですか。もう、「今なんでやねん、まだあと5年ぐらいやれる」というよな気持ちはありました。ただ、会社の状況も「仕事が少ない。仕事がない。暇や」というような現場でのあり方を見てて、「こんなんで給料出んのかな」いうようなこともありますよね。家のローン、家族や自分のことを考えて、「自分は会社に踏みとどる」いうようなことも考えても、会社と合わないところも出てきましたし。会社の見方は働き手を「ただ単に切る」いう感じで、やっぱり冷たいですよね。そういうなんで、「やっぱり今の会社ではおりたくないな。こんな会社やったら辞めたろう」という感じで。だけど、「次の仕事を」いうても大変やからね。そのことも覚悟の上でね、両方を天秤に掛けて、「どっちを選ぶかな」ということも考えたんですけど。まあ、ずっと1年、2年会社で居辛くなるよりも、今、パっと辞めて、次のことを考えたほうが、前へ一歩踏み出したほうがね。まだ「自分が働き手として現役である時に辞めればいいな」という気持ちです。その話しがあった時はね、1週間ぐらいは自分でモンモンとしてましたね、自分にとってのことの重大さと現実の労働市場の状況を考えたら、家族にもいえないし。今の求人の状況なんかも見るとね、「今は大変やなあ」と。こういう時期に新聞を見てもね、「仕事ないぞ」という感じ話がいっぱいわんさかありますわね。それから企業がね、段々、倒産していくとか目にしますわね。(ご家族にご自身の状況を伝えましたか?)もう、家族に伝えましたよ。「自分の状況はこうや」と。「次のステップに進もうかな。これもチャンスやと思て、転機やと思て、やるつもりにしてる」という話はしました。それは家族も、「もうそこまでいってるんやからしゃあないな」という感じでしたね。最近まで、あんまり喋ってへんかったからね。家内とは喋ってるけども、子どもらにはいうてへんかって。まあ2、3日ぐらい前に、あの「お父さんはこうや」という話はして、「ああ、そやったら、それでいいんちゃう」というよな感じで。まあ、子どもらも薄々分かってたところもあるかも分からんしね。だから、自分に対して家族は「それやったら頑張りや」という応援みたいなですね。まあ、あんまり言葉にはいわへんけど、そういう感じですね。

(世間に対していいたいことは?)今の自分の状況は自己責任なんで。そんなに社会に対して不満とかはあまり思てないですけど。会社から退職を迫られた時も、自分にいわれて、他のモンにはいってないんやから。自己責任もあり、そういう年齢的な条件、状況的なものもある。まあ、自分が「そこの会社を選んだ」いうのも自己責任やからね。会社の責任ではないわね。「会社が悪い、人が悪い」とかいうよりも、自分がそこで盛り立てていけばええんやろうしね。仕事が少なくなったことは、「社会の情勢が悪い。状況が変わった」いうのは確かにありますけどね。