フジワラキヨミ(58歳)

女はキズのない真新しい黒のパンプスに半そでの薄茶色のニット、フレアスカートを身につける。ウェーブの掛かった美しい茶色の髪、手入れが行き届いた肌。上品な身なりだ。女は求人する側なのだろう。女は数十枚の求人表の束を手に持ち、それを眺めている。なぜだろう。スーツで身を固めた保険外交員は僕と同様に女を観察している。

(今日、ハローワークに来た目的は?)今日の目的はやはり仕事探し。3か月前までは販売の仕事をしてて、息子のところに3人目の子どもが生まれるので、育てるのに手がいる。それで仕事辞めて、「また次の仕事を」っていう感じなんですけど。やっぱりこのご時世、仕事ないし。「デパートの販売経験もありますし」っていうことで探してるんですけど。もう仕事の経験は関係ないですね。

(なぜですか?)「年齢60歳まで」って求人表に書いてあっても、求職者が60歳では絶対に全部カット、カット、カットってなりますしね。だから、そうですね、これで3回ぐらい面接に行きましたけれど、「58歳という年齢は60歳」っていう感じじゃないですか。それはもう「全然駄目なんだな」っていうのがはっきりわかった。なんせ私、今まで仕事をこう、本気で探したことがなかったんですよ。みな、紹介とかツテとかで。だから、すごく簡単に考えてて、「まあすぐに見つかるだろう」という甘い考えで。あたし、職安に来たの初めてだから、最初どういうふうにしたらいいか、全然わからなくって。で、「あたふたとしてる間に3か月過ぎちゃったのかな」っていう感じで。「今回は難しいなあ」って思いながら、活動してるんですけれど。そろった就業条件が欲しいんですけれど、「無理かなあ」って。

(ご主人の収入は?)今、1人ですので。ここでもう見つからなければ、「田舎に帰ろうかな」という感じで。息子たちはこちらにいますからね。相談しながらなんですけれど。でも、デパートの販売経験を生かして、ちょっと今、これをもらってきたんですけどね(女は求人表の束を僕に示す)。ただ、「年齢不問」とかをあたるしか仕方がないし。そうですねえ、この3か月間は忙しく過ごしてきて、この9月から失業保険が出る。その失業保険はあまりあてにしなくて、やはり仕事優先のほうが、「気が楽かなあ」っていう感じで。

(お仕事を辞める時に葛藤はありましたか?)ありましたよ、やっぱり。まず、子どもを優先しなきゃいけないのと。それと職場で一緒に働いている人が病気を持ってはったから、周りが「病気だから、病気だから」というので、その人を包み込むような感じでしたから。その方が「どうにもこうにもならない」っていう感じで。体もなんとなくしんどかったし。ちょうど3つが重なったから、「もう辞めようかな」という感じで。

だから、うーん、そうですね。1年ぐらい遊ぶつもりで、辞めたんですけれど、家にいるのはやっぱりつらいというのか。(僕はこの言葉を聞いて、「え?」と驚く。女は僕の表情を見て)家にいるのはつらいんですよね。遊びに行ったりとかしょっちゅうしてるんですけど、やっぱり根本、「仕事が一番大事かな」って。この年になって改めて、うん。今まではやっぱり、「全く主人の傘の下」っていう感じだったんですけど、主人も亡くなったこともあるから。

(就業条件は?)正社員じゃなくって、パートみたいな感じでいけたら。週何日、どれくらいの時間働けるかですね。前の職場から時給は900円頂いてたので、「その前後ぐらい頂けたらな」と。社会保険は完備で。

(以前の職場に戻るつもりは?)前の職場には戻りたくないですね、やっぱり人間関係がしんどいですね。職場の上司がやっぱり偏った人間の見方をされてたのか、それって働いていても、全然楽しくない。その中に入れば、売り上げを作る自信はあるんですけど。あのね、さっきいった同僚の方は急に休んだりとか、アル中とか鬱病とか持った人だったんです。だから、しょっちゅうその迷惑の掛けられ方が、急に休んだりとか、もう1週間、2週間出てこないとか。それでも「若い方を育てたいから」っていうので店長の座を譲ったんですよ。それからこの色んな病気の問題が発覚して。でも、1週間休もうが、2週間休もうが、もう酔っ払って店に出てこようが、会社が何もしなかったという部分で、「あ、これは無理かな」って。皆がびくびくしながら仕事してた。私はそういうのは最初わからなかったから、「まあ、なんとかやれる」と思ってたけど、やっぱり1年以上経ってもそういうふうなことでは困るから。でも、結局、私が辞めてから、その彼女も音信不通みたいな感じで。私がフォローしてた分があったからね。彼女も店に出てこれない状況みたいですね。だから、仕事がない悲しさはありますけど、その仕事辞めたことに対してそんなに悔いはないですね。あそこにいたらもっとひどい状況になってただろうし。

(求職するにあたっての不安は?)求職の不安ですか。「私は求人側に何か必要とされなくなったのかな。まだ充分、働けるのに。あ、もう必要とされてないな。これってなんなんだろうな」って。今回ここに来た時に「駄目、駄目」っていわれた時に、それは感じましたね。ハローワークの方たちは私がこれを(女は1枚の求人表を示す)持って行って、この条件に合わなかったら、全て駄目じゃないですか。私が「販売経験あります。デパート販売経験あります。年齢は」って具体的にいうと、「ああ、そうですか、分かりました」と、面接に行く前に職員の方からいわれるんです。「淡々としたやり取りで進められていくんやなあ」と思いました。やっぱり「60歳まで」といわれても58歳では駄目です、絶対駄目ですね。「60歳まで」というのは建前ですね。断られた会社の求人はまだ載ってますしね。おかしいでしょ、「あれ、え、まだあそこ募集あるの」っていう感じで、2、3件そういう募集見ましたし。私には分からないですね。「きれいに切る」っていうんでしょうか。このすごい不況でいっぱい失業者のなかで、それは無理なのかもわかんないけど、不信に思って。私、ここに来る前に面接を受けたいお店の様子を見て来たんですよ。「どういう雰囲気のお店なのかな。これやったらいけるかな」と思って。まあ、年齢も高い方がいらっしゃったので。で、ハローワークに戻って来て、私が「ここをお願いしたいんです」っていった時に、「もうそこは決まってます。あ、そしたらこれはほんならはずさせてもらったほうがいいですね」っていう感じで終わりましたから。

(職安の職安さんは無意味?)無意味とはまではいかないけど、役に立たない存在に近いですけどね。業務量が多い中での仕事の紹介が事務的になってるけど、皆、求職する側は必死なのに。「職員さんも『企業が面接します』いうたらホッとしはる部分もある」と思うんですけど。どういう仕事のこなし方なのかな。もうちょっと求職者の情報を企業にプッシュしてくれたらな。「職員さんも一生懸命にやってくれてる」とは思いたいんですけれど。

(逆に希望をあげるとすればどんなことでしょうか?)希望。自分に合った仕事を見つけたいですね。やっぱり仕事してたほうが、販売は特に楽しかったですし。だからデパート系の販売の仕事が好きですね。できれば第一にその仕事を考えてますね。私、今、「ヘルパーの仕事もやってみたいな」とやっぱり思って。息子が介護福祉士してるから、それでケアマネ関係の資格を取ってもらおうかな。息子は私の考えに反対はしてるんですけど。でも、そういう仕事を田舎に帰っても、なんかこう近くの人にできればと。だから、私は人の世話をするとか介護とかにも全然携わってきてないから、「まだやり残したことがそれなのかな」って変に思ったりね。両親は元気なんですけど、何かの時に手助けできる状況は、これから必要かな。たとえ、それが自分の兄弟であったりしても。その方面に就職することは年齢的にもすごく無理だし、そういう資格を持ってない人がそういうことをするのは変じゃないですか。だから、1つはその目標があるんです。「苦しい中で自分で目標を作って、それにやっぱり近づくのが1つの気持ちを軽くする手かな」とか、思いますね。やっぱり何の目的もなくダラダラしてるのが一番苦しい。まだ経済的に余裕がある感じですから、まだ私の場合は苦しくても、まだましなんじゃないみたいな。

(自分の中に溜まった嫌な気持ちを吐き出す相手はいらっしゃいますか?)それは息子であったり友達であったりに相談しますね。だから、面接に落ちても、「たかが面接に落ちたぐらいで何いってんのよ」みたいな感じでね、やっぱりいってくれるし。そうですね、友達はいっぱいいますから。友達も一生懸命、仕事とかを紹介してくれるんですけど、やっぱり私の年齢58歳っていうので。実は今日もそうだったんですよ。友達から「電話をしてみたら」っていうことで、電話をしたんですけど、「年齢で駄目」っていうことで。面接まで行けないですしね。逆に聞きたいですね。(女は饒舌に息継ぎなしで言葉を紡ぐ)「『年齢不問』って書いてあって、58歳で応募して駄目、じゃあ58歳の人が仕事できる範囲はどこなんですか」って。これは私の完全な勉強不足なんでしょうけどね。家族に心配をかけてるという部分では後ろめたさがありますね。でも、「いつも心配掛けてごめんね」っていうけれど、私の身内は「何も心配してないよ、何も。どうしても上手くいかない時は、いつでもいいから帰ってきなさい」ということで。私、今、1人になってる状況だから、息子たちも結婚してるから、「とりあえず1人でやっていきたいな」っていう。

(世間に対していいたいことはありますか?)難しいですね、やっぱり自分の問題ですからね、ここまで来て、こういう状況はやっぱり自分の作った問題だから。どうやって病気にならないように、精神的な管理をできるように強くなっていかなきゃ。やっぱり相手に望むとかじゃなくて、自分がどう変われるか、変わっていくか。今までにない就職の難しさをどう受け止めていくか。「やっぱり挑戦する気持ちなのかな、それが大事かな」とは思いますけどね。なんかね、自分がすごく弱くなってる時なので、「やり残してきたことはなんなんだろう」って考えた時に、「これはしてないし、人に携わることはどういう感じなんだろう、自分がどこまでできるかな」って。本当になんかそういう感じ。挑戦させて頂ける場があるんなら挑戦したいですね。