カメダタカコ(61歳)

女は公園に入り、再び出るそぶりを見せるが、出ない。女はその動作を数回繰り返す。僕は女に近づき、自己紹介をする。女は「いや、ここでタバコ吸おうか、ハローワークの喫煙所でタバコ吸おうか、迷ってて」と軽く笑う。女はタバコと携帯用の灰皿ケースを取り出す。灰皿ケースはタバコの吸殻でいっぱいである。女は僕に「いくつに見える、私?」と問う。女は60代だろう。首筋や目の周りの皮膚がたるみ、眉毛の一本、一本も細い。僕は礼儀として「50歳ぐらいですか」と平然と答える。「そういってくれてありがとう。実は61なんです」と女は微笑む。僕は「そうは見えないですね、若いですね」と反応する。

ハローワークの人からは実際の年よりいくつかは若く見て頂いたんではないかと。私ね、昼間は働いてるんですよ。以前、ここのハローワークで求人見て、賞与が「ある」いうことで、はっきりいって自分でもやりたくない仕事で、就職できたんです。このごろ、パートでね賞与があるいう仕事は少ないですよね。それでそこに行ったんです。確かに普通のお給料はいわれているように頂いてます。けれども、勤めてるうちに、まあ、ちょっと会社とのトラブルとか。働いてたら誰だってありますよね。それがあってか、なかってかは知らんけど、賞与が半分になったんですよ。「その人の能力次第」とか、そういうことが求人表に書いてなかったので、私は「賞与をもらえる」と思てたんですが。だから私は「せめて賞与のあるところで」というので、賞与だけでも貯金してね。「老後のために」と思ったのが、賞与が半分しかなかったので。結局、金額だけじゃなくて、仕事してるなかで「半人前としてしか見てもらえてなかったのか」と。でも、自分自身では人よりも真面目に仕事やってるつもり。だから、意欲をなくしたんですよ。辞めたいけれども、生活がかかってるので、今日、二つ目の仕事を探しにきたんですよ。そんだけ現状が厳しいんですよ。

(パートナーは?)今、私、一人で生活してますから。公務員だった元夫と若い時に離婚したんじゃなくて、年いって離婚したので。年金が「ご主人の許可を得たら半分もらえる」という以前にね、離婚してるので。私もねそのパートぐらいしか、その当時は行ってなかったので、フタをあけて一人になって、年金のことを聞きに行ったら、生活保護をもらわないと生活できない年金額だったんですよ。

戦後生まれの老人が増えてますよね。そしたら、あと何十年後、私が働けなくなって、年金もらえる時に、「体が不自由になってるかね、寝たりきとか宙ぶらりんな体であってこそ、生活保護がもらえる。五体満足で自分のことができるんやったら、生活保護なんて簡単にもらえないじゃないか」と。で、その不安がね、今すごくあるんですよ。ほんで、今、女の人がパートで働いても、毎月、食べていくだけで精一杯の給料です。それで、この間の給付金もらいましたよね。私がいいたいのは、一人の女性ね、男の人はまだいいですよ。今まで主婦で、シニアになって離婚して、女で一人で、私みたいなじゃなくても、ちょっと年いって離婚した人ね。離婚した時に、「家をもらった、慰謝料もらった」とかいう人は別ですけどね。今も昔も、社会も法律も国もね、男世界なんですよ。私は簡易裁判所とか、離婚する以前にお世話になりましたし、現実、裁判所に行ってとか、いろんな話を聞いて、女性が離婚するとどれだけ大変かと。普通、みんな何気なしに生活してきてる人はね、それを耳にして、頭に残るぐらいでね。現実を知らない人がいっぱい。私らみたいに、離婚して、女が一人で生活することがどんだけ大変か。

はっきりいうたら、私も今まで選挙に入れに行かないから、「国に愚痴をいう資格はない」といわれますけどね。私、炊飯器かなんか、なかなか買えないので。「万」する電化製品を「買おう」と思ったらね、すごい大変なのよ。国の法律もそうだけれども男世界なために、何もなしに離婚して、一人でやっていくって、見放されてるみたいな気はするんですよね。65歳の人はもう年金もらってるんですよ。私らが「年金を」いうたらもらえない。働いてるモンが1万2千円の給付金もらって、何で年金もろうてね、働きもせず、生活してるモンのほうがね、もらえる給付金の額が同じなのかと。だからね、1歳まで、赤ちゃんぐらいやったら、まだ給付金の理由もわかるけども。だから、その1万2千円いうんはどういう基準で決めたんか。「やっぱり男世界やな」って思いますよね。

(毎月の収入はいくらですか?)やっぱりね、給料は社会保険いろいろ引かれて、10万から12万ですよね。それでも大変ですよ。だから、こんな年になってもう一つ、老後のために働かなくてはいけない。私、今、「こんな人がたくさんいる」と思うんですよ。私は好きで離婚したんじゃないしね、いろんな理由があって離婚したんやから。この前、会社に新しい女の人が入るから、同僚がね「今度、入る人は夫つきの普通の、ちゃんとした女の人が来はったわ」と。私いい返しましたね、「じゃあ私はふしだらな女ですか」って。

今、母子家庭でね、子どものいる人が、母子手当て、住居手当とかもらえるから。名義上離婚して、ほんで一緒に生活している人もいる。ほんで、私らみたいに市営住宅に住んでるんですが、そこで住んでたって、一人で生活できないじゃないですか。だから、みんなもうちょっと若い人とか私らぐらいの人でも、(女は強調して声を上げる)ね、男の人と何かわからないけれども、市役所には届けださないで、同居してるけれども。時々、泊まりに来て援助してもらったりとか。だから女の人一人でもね、普通に生活できるんですよ。

私らみたいに本当に誰の世話にもならない、まあ、いうたら、子ども、親類とかにも世話かけない。本当に毎月、一人で生活する場合、もう10万円前後ではほんまに大変なんですよ。だから、この間も掃除機が傷み、買えてない。離婚した時、電化製品だけ何とか持ってこれたから、今、生活してる。それが今度、冷蔵庫と洗濯機と寿命に来た。テレビがデジタルに変わりますよね。「ほんなら私どうしたらいいんやろう」って。借金は何もないので、どこかに借金して、テレビを買わないといけない。どうしたらいいんやろうね。「中古でも探しに行くか」って思う。ほんまにその日生活やからね。だから衣類とか靴とかね、リサイクル行ったりとか、今まで離婚する前に持ってきたものがほとんどやから。変な話、(女は着用しているスカートに目をやる。僕もそれを見る、小奇麗だ)こんなスカートでも、1千円で買ったのですから。サイズも合わなくなったりするじゃない、太ったり、痩せたりするし。

今度の8月31日総選挙も行きたくない。政治家は立候補する時だけ頭下げて、当選して、普通の日は反り返って、話も聞いてくれへん。私らふっと行って、「困ってます」いうて、誰が話しを聞いてくれますか。やっぱり、誰かの知り合いとか紹介でとかで行かないとね。だからもう、政治家は選挙の時だけ、ペコペコして握手して、わーっとして。あの笑顔は見たくないです。だからもう、男社会がすごくね、腹立ちます。そやからいうてね、女の人が力があるんだとか、妻がどうやだとか、そんなんじゃないですよ。やっぱり男の人は大黒柱ですからね。確かに女はかないませんよね、何するにもね。

こんな年になっても、まだ2〜3時間働きに行こうと、必死ですよ。もう、体悪したら、駄目だしね。世の中も昔みたいな義理人情ないでしょ。正しくても通らない。間違ってても通る。そういう世の中もあるいうのが、やっぱり離婚したり、そのトラブルで痛感したしね。それは、要領がよい鋭い人間が勝ち得ることで。私も人間生きていくのにね、要領が悪いんですよ。とどのつまりは、何もしてない私が何かしたようにいわれたりとか。要領の悪さはもう生まれついたもんやから、人より要領よく、すばしっこくするってね、性分は変わらへんしね。「もういいわ。世の中、仏さんか神さんが見ててくれるわ」と。もう前を向くしかね、人を恨んでも、何してもどうしようもないしね。

(やりきれませんね。)一生懸命仕事やってんのに、人間関係のトラブルがあったがために、結局、私の信用がないから、認めてもらえない。「この人は過去、犯罪を行った人や」思たら、もうその目で見るような感じ。だから、勝ち組か負け組みかだけ。

(トラブルって具体的には?)それは同じ職場の女の人に、まあ言葉が悪いですけど、陥れらて、会社で結局まあ、私が悪くなったと。その人に持ち物全部いたずらされたんですよ。ロッカーの中を開けられたりとかね、いろんなことされたんです。けれども、私のいうことは会社に認められなかったんですよ。その女の人は部長と仕事以外で、家が近くで、その…(女は沈黙する)、ツーカーなんです。会社ではそんなことを出さないですけども。私が何ぼ訴えても、結局私がクロで終わってしまって、他の職場に飛ばされて、賞与もらう時になったら人の半分になったと。だから、もう本当に警察、労働基準局に何回行こうかと。

(実際に行きましたか?)一回、警察へ行ったんですけどね。でも「相談日って何曜日ですか」聞いて、そのまま帰ってしまったんです。それをしたら仕事辞めないと駄目でしょ。そんで証拠も結局、取れなかったんで。ほんまにいたずらされたのに、私が妄想をいってると。たとえ私、誰かに何されても、その事実は絶対に間違いないし、曲げないからね。私は離婚よりも何よりもね、このことが自分の人生の中で死ぬまで一番、許されない、悔しい、悲しくって、つらくって、忘れない。こんなに疑いを掛けられて、あいまいで終わったのは、これが初めてなんですよ。結構ね、私はきっちり生きてきたつもりなんですよ。ウソもあまりいえない性格だし。顔にすぐね、ふっとこう、「この人嫌な人やな」と思たら出るタイプなのでね。離婚して、一人になっても、(女の語気が荒くなる)一生懸命、今まで生きてきたし。もうその人は絶対、罰が当たる。それがあって、血圧も上がって、狭心症にもなって。今までね、ものすごく丈夫やったのに、そういう病気が最近出たんですよ。

この夏の賞与のために一生懸命、仕事やってきたし、「今度こそはもらえるだろう」って。私の直属の上司が結構、私を認めてくれてるんですよ。「ほんで今度はもらえるかもしれへんな」って力強い言葉があったですよ。結局、半分のままだった。それまでにね、前の12月も同じように少なかったんですよ。「今度はもらえる。一生懸命働けば、必ずね、認めてもらえる」と思ったんです。でも、甘かった。これからは一生懸命は除きます。よその人、どんだけ世の中、要領よく、適当に、わからんように、うまいこと仕事してるのかはずっと私見てますから。私はみんなと同じようにやることにした。それが今までね性格上、できなかった。「人は人、私は私」、私は自分で納得のいく仕事をして、「帰宅する時には気持ちよく帰ろう」と。「今日はあそこ手抜きやったな」というのが性格的にすごく嫌だったんですよ。自分自身が帰宅する時にものすご罪悪感がね。「お給料もらってんのに、ようみんなあんないい加減な仕事してね、うはうは笑って帰れるな」と。私はそういうふうにみんなを見てたんです。最初、賞与もらってびっくりして、前の12月とこの夏でもうあかんかったから、「もう賞与が元に戻ることはない」と。だから、私はみんなと同じようにいい加減とはいわないけど、「お給料の分だけ、今までは私が一生懸命手抜きせず、そんな15分とか休んだりとかウロウロせんと、ほんまに時間を精一杯、最初から最後までこの時間で仕事が終われるよう」にいうて、自分で頭の中で考えて、やってきたんです。もう、それやめます。「みんなと同じようにやればいいんや」と。今度、もう一つ仕事持つと、もっと大変やし、「認めてくれへんのやったらもうそれでいいわ」と思いました。

私が今の会社入った時、もう一つ別に求人があったんです。こっちは賞与がもっとあったんですよ。けれども、「あまりに賞与が多すぎてこれはおかしい。よっぽどなんかきつい仕事かな」と思って、今の職場に行った。離婚して、賞与と時給だけで生活して、もう誰もね私にいう人ないし、プライドを捨て、全て捨ていきました。

(離婚後、経済的に自立できるのかという疑問と、結婚し続ければ生活できるという確信の中で葛藤はありましたか?)いや、お金のことよりも精神的なことなんですよ。だから、今確かに私はお金にすごく大変です。けれどもね、それ以外の精神面では、そら、職場ではつらいこともあったけども。一人になって、精神的にまだ幸せですよ。それぐらいどうしようもない離婚だったんです。「この人について行ったら、どうやこうや」で、30年ね、結婚生活しててね。

私、辛抱したんですよ。もう普通の結婚生活って、ほぼなかったみたいな、母子家庭で子どもを育てたような。「辛抱して夫に勤めて、子どもが結婚して、独立するまで」を思て。私は途中で離婚するなら、子どもが小さい時に離婚するか、でもそれやったら中途半端やから。(女の声が徐々に強くなる)だから、それも辛抱して、辛抱して、本当に辛抱して。
子どもには離婚を相談しなかったです。ほんで離婚をしてね、子どもに「お母さんもう離婚したんやけど、かまへんな」って。子どもはもう「うん、ふん」とか反対も何もしないし、分かってたから。褒めてはくれませんでしたけどね、「お母さんよう辛抱したな」とかは。男の子ですのでね、いってくれなかったですけれども、「分かってくれてる」と思うんです。離婚した時は、「プライドを捨てて、一生懸命頑張る、どんな仕事でもやる」いう意気込みで、仕事探して、就職してね。

(後悔は?)離婚そのものには後悔はしてないです。だから、私は夫が今生きているのか死んでいるのかどこにいるのか、もう全く知らないです。「知ろう」とも思わないし。(女は小指にはめている指輪を僕に見せて、うれしそうに笑う)これね、これから一人で生きていく決心をした時にデパートで何万円も出して買ったんですよ。つらくなっても、これを見て、あの時の決心を思い出して、頑張ってます。このネックレスもね、結婚した時に元夫からもらったんです。売ってもよかったけど、あの結婚生活に耐え忍んできたことを思い出させてくれるから、つけてるんです。

(就業にあたっての条件は?)それなりにね、自分でもう年齢的に行きたい業種なんてないし。私、神経質なほうなので、飲食関係の調理補助とかね。離婚して間もないころね、飲食関係の職場へ掛け持ちで行ったんですよ。で、現場を見たから、もう外食を食べられない。「飲食業ってこうなんや」って思ったらね。だから調理関係は避けます。体が楽な仕事ってないけれども、お仕事ですから。そのなかで、自分が「まだこうかな」と思うところに行きたい。賞与がもらえない分、「月に3万から5万円欲しいな」と。だって、毎月の収入が10万から12万ぐらいでは、貯金するにも、電化製品買うにも、「誰かが亡くなりました、入院しました」とかつき合いが広くなくてもあるじゃないですか。そんな時どんだけしんどいです。ほとんど3千円ぐらい包むだけ。「もうちょっと包みたいな」思てもね。そんなん1万円て包めない、ようして5千円。普通で3千円ですよね。そこまで細かいことね。

(お金があれば何がしたいですか?)私、狭心症の疑いがあって。左心室いうんですかね、「肥大」って書かれたんですよ。そんなん、病院行けへんわね。病院代、何ぼ掛かるかわからへんもん。ほんで、血圧も高いしね。脂っこいのをできるだけ食べないで、血圧下げないと。そんなんに気をつけてね。心臓も別に痛いことはあらへんし。「狭心症の疑いあり」って書かれても、(女は悲しみと笑いが混じる声で)「いつか神さん救ってくれるわ、知らん間に治る」思て。ほんで、左目が白内障なんですよ。それだけ一回、眼科に行ったことがあって、調べてもうて、薬もらって、その時は3千円何ぼやったかな。「薬なくなったら、来てください」いわれたけど、もう行ってへん、お金がかかるから。そやしね、宝くじね何ぼか当たって、一番何するかいうたららね、私すぐね、病院に行きたいです。心臓とその悪いところ一回全部見てもらいたいです。

(将来の不安と希望どちらが強いでしょうか?)不安が強いです。「働けなくなったら、どうしようかな」と。だから今、一生懸命ね、神さん仏さんに祈って、病気しないように自分で健康管理して、ちょっとでも貯金していくことですかね。だから希望なんてないですよ。