ワタリノリコ(65歳)

職安の駐車場へ向かう女を見た僕は、女に声をかける。女は右手に職安でもらった紙の束を持っている。

(今日、職安に来た理由は?)主人が働いてた工場のある部分が閉鎖なったんですよ。今、閉鎖になってるから、主人はどういうの、自分が「辞めます」というたんじゃなくて、向こうから「辞めてください」っていわれたことがなんかね、大ショックらしい。主人は守衛の仕事をしたかったんやて。それが最近、さしてもらって大喜びやってんけど。(女の声が震える)主人は「自分の夢は短かったけど、夢を見さしてもらった」いうて…。

だから、まだね主人は元気やし、働けるし。(女は職安でもらった記入用紙を僕に見せる)今もね、安定所の人が「これ書いてください、本人が書かんなあかんのですよ」っていったで、家帰って主人に書いてもらったんですよ。それで私が今日、安定所に来たんですけど、「本人が来なあかん」って、私そこまで聞き取れなかったから。安定所の人が「ご主人は寝ておられるのですか」、「寝てません、元気です」っていうて。私、記入用紙もらうときに聞き損ないしたんですよね。私もなんで主人がここに来はらへんかのね、わからへんで。「それは私が聞きたいほうです」っていってたんやけど。私が主人に「こんなん、こんな仕事があるよ」っていうたら、主人が外に「出てきはるかもしれへんし」っと思って。

私はもうこの年やけど、まあ、自分にムチ打って働いてるんですけど。最初からもう年齢がね、ちょっとオーバーやったらから「無理かな」っていう点から、アルバイトで入ってますから、手取りは安いんですよ。だから、そんなん、「働いてる、働いてる」って大きなこといえへんのですわ。ぷっとしたらぷっと飛んでいくお金やさかいね。ふいに要ることとかありますやんか。お金は大切に使わんとあかんということですよね。それは分かってるんやけど。主婦としては大変なんですよ。全般的にみんな不透明な生活になってきましたから、私は「こっちがどういうふうにしていくかを考えていかなあかんな」っていうところで、四苦八苦やってるところです。

私が65歳で国民年金が当たるんですよ。そしたら、主人の年金が減ったんですよ。「プラスマイナスで年金の額が増えるやんか」っていう話になりますやん、考えてみたら。そうじゃなくて、私のほうがちょっと増えたら、主人のほうがガバって減ったんですよ、主人がもらってた年金よりもマイナスになるんですよ。そやから、やっぱりね、元気やったらちょっとでも働かんと、なんか、お金が要ることいっぱいあるでしょ。病気になってからはもう遅いですやん。