居心地のいい喫茶店

居心地のいい喫茶店がある。クラシックジャズ、良心的な価格、客の回転率を意識していない接客。客は適当な時間を過ごして、席を立っていく。俺もそうだ。

それだけではなくて、この店には声がすごくいい女店員がいる。その声はある有名人と似ていて、だから他の声と違いが生じて、際立つ。似ているものは目立つ。ペアルックしかり、物まね芸人しかり、パクリ疑惑しかり。

店員の声は耳立ち、俺はこの店員の声が好きだ。俺はどうしてこの声が好きなんだろうかと、理由を探すが、その理由の数々は好きに届かない。好きの理由は好きの感情の実感を伴わないから、好きは好きでいいんだ、で俺は納得する。

「ホットコーヒーですね。280円です。コーヒーにお砂糖とミルクをおつけになりますか。280円お預かりします。ありがとうございました」という声に読書は中断されて、俺はコーヒーをすすり、その声に耳をゆだねる。心地よい時間。なんていい声なんだろう。

俺はこの店でいつもアメリカンを頼み、コーヒーではなくて、この店員の声だけが印象に残る。