ライター 面接

駆け出しのライター業を営む僕の収入は不安定である。いつクライアントから仕事が舞い込むかわからないゆえに、アルバイトで小銭稼ぎをすることも躊躇する。クライアントから仕事が来るかもしれない、けれどその日はアルバイトという可能性を考えるからだ。かくして僕はライターの正社員の求人を見つければ、そこに応募する。ライターを求める会社側が出す一般的に条件とはライター経験者であること、これに尽きる。ただし、ライター経験とはどの程度の経験を指すのかは全く不明である。したがって、例えばリライト、簡単な取材記事、ベタ記事という小さな仕事をこなしていたとしても、ライターはライターであるといえよう。ようするに、ライターは周囲に認知されて、初めてライターとなる。その周囲とは誰かが問題である。面接を受ける会社の条件はライター経験者。僕は駆け出しゆえのライター経験の少なさという後ろめたさを感じながら、面接に望む。会社が僕をの採用を厳しいと判断したとしても、僕の経歴や得意分野に関心をもっていただくことで、外注ライターとして雇ってもらえるかもしれないという期待と共に。

ル・コルビジェ風のモダンな白い建築。駐車場にはBMWが一台。想像した会社とは180度異なる。ガラス越しに猫が一匹。雑種か血統か判断がつかない。可愛げのない猫だ。インターフォンを鳴らす。対応したスタッフはスーツを着こなし、扉を開ける。広々とした玄関は石畳で、ゴミがない。室内は外見と同様にモダンで、白で統一されている。室内に流れるヒーリングミュージックが気持ちを和らげる。応接間に通された僕は、荷物を置き、そこに立つ。先のスタッフは僕のためにコーヒーを用意し、コーヒーを注いだ耐熱ガラスコップを2×3メートルほどの広々としたテーブルに置くと、担当者が来るまでお待ち下さいと言い残し、去る。5分も立たないうちに、足音が迫ってくる。担当者の身長は180センチ手前、がっちりとした体格である。担当者はざっくりとしたグレイのニットセーターにレザーパンツを合わせている。肌のつやはよく、声がよく通る。年齢はおそらく40代から50代前半である。担当者の職業がプロダクトデザイナーであるといわれても驚かない。こういうモダンな空間にいる人間は洗練された人間に見えてくる。担当者がイスに腰を下ろしてから、僕も腰を下ろす。僕は履歴書とハローワークの紹介状を差し出す。担当者は履歴書を指でなぞり、うんうんと何度もうなづく。担当者は眉間にしわを寄せたり、クビをかしげたり、手の平を口元に当てるという行為、面接を受ける側に緊張を与える行為を行わない。柔らかな声で、担当者は質問する。

あなたは学校を卒業するまでにこういう仕事をしようと決めていたのか。どんな文章を書いているのか。何の媒体物に発表しているのか。私たちの発行物を読んでいるのか。私たちの業界の他社の発行物媒体をどれほど知っているのか。どんな雑誌を読むのか。血液型は何か。両親はいるのか。どうやって食べているのか。ここまではどうやって来たのか。あなたは兄弟はいるのか。学生時代には何を学んでいたのか。うちの場合、男性はインタビュー記事が得意で、女性はキャッチーな記事が得意。うちはキャッチーな記事、クーポンを主体にしてるが、あなたは大丈夫か。キャッチーな記事と言っても、サロン、エステ、ファッション等の専門的な知識が必要で、先方は先方の業界の基本的な知識を前提に語ります。それは一般的には専門的な知識ですが。それで私たちはその知識を前提にして、話を聞いてる。だから、先方にとり基本的な知識に質問をすることを時間の無駄だと先方もいます。そういう質問をすることでお叱りを受けることがあります。あなたは男性で、ライターとしての経験も浅いし、ちょっとここでは厳しいかもしれません。どうかな、ここでライティングをしてみますか、今できますか。

ライティングの試験を受けるとは想定外であるが、いわれた以上は受けるしかない。考え方によっては面接という試験に通るビックチャンスである。担当者はライターを呼び出す。ライターが僕に問う。マックかな。それともウィンドーズかな。僕は後者の名前を答えると、ライターはその場から消え、しばらくして、ウィンドーズのノートPCを僕の目の前におく。ええと、ここに二つの文章があるんだけど、片方はこのお店の説明で、もう片方がこのお店がリニューアルして新しい設備なんかが加わった説明。この二つを上手く使って、リライトして下さい。キャッチは30字から40字。コピーは300字程度で。

ライターはこういう説明を僕に行うが、僕はさっぱり理解ができない。緊張していたために言葉が身体に入らないことと、キャッチととコピーが何であるかわからないからだ。僕はライターの説明を聞く、その説明に対する言質を取りながら、PCの画面をじっと見つめる。つまり、キャッチとはキャッチコピーのことで、コピーとは文章であることを理解する。できます、やらせてくださいという僕。時間はどれくらい必要ですかという問いに、30分下さいと答える。では、私たちは邪魔だろうから、30分後にまた来ます。

2人はここから去ると、僕はPCに向う。リライトは出来るし、経験済みだ。だが、この2つの文章を読む限り、リライトする必要がないぐらいに完成されている。これをどういじればいいのかわからない。が、とにかく2つの文章をミックスさせ、リライトを完成させる必要がある。時計を見ると5分が経過。頭ではこの事態を理解していても、タイプする指は理解していない。勝手の違うボードの配列に戸惑い、何度もタイプミスをし、コピペが上手く出来ない。僕はこのミスに慌てる、頭も混乱しだす。具体的な数字はそのままにしていじらない。ようするにキャッチコピー的な文章を上手くつなげればいい。が、それーが上手く浮かばない。率直に言えば、僕はクーポン系のキャッチー文章を安っぽい、形容詞の羅列としてしか見ていなかった。言葉を代えても言ってることは全て同じ、無内容。そのツケがここに出てくる。自分の愚かさを学び、キャッチーな文章を書くことの大変さを知る。出来るはずだ、必ず、何とかしてやる。2つの文章の配列を組み替え、キャッチな文章を入れる。これでいいだろうと僕は納得する。時計を見ると30分が経過している。ライターがやってきて、僕の文章をチェックするが、ライターの反応はにぶい。えっと、まだ書いてる途中かな。僕は恥ずかしくなり、ライターに同意する。じゃあ、書き終えたら声を掛けてください。

結局のところ、僕のリライト文章は僕のライターとしての経験の浅さを立証することになる。担当者は文章を読んみ、ズバリ言う。

実はあなたがここに来る前に、もう一人申し込みがありました。お二人の文章を読む限り、どちらかといえばあなたの文章では厳しいかなと(このとき、僕は瞬間的に思考停止になる。やっぱりか…)。だから、おそらく厳しいお返事を差し上げることになると思います。けれど、あなたの経歴とあなたの現状は見合ってないし、あなたがある程度出来ることもわかります。あなたの現状は厳しいでしょうが、あなたはあなたの進みたい道をあきらめてはいけない。それで、うちは他のアートプロジェクトを抱えていて、システムもかなりできているんだけど、そのプロジェクトに関われる人が少ない。だから、今回の採用は厳しいかもしれないけれど、そのプロジェクトの外部ライターとして追ってご連絡をさせて頂くかもしれません。いかがですか。

担当者がそのプロジェクトのレジュメを僕にみせる。シックなデザインページ中に知った顔がいる。これはチャンスだ。僕はその知った顔を何気なく呼ぶ。知ってる方なんですか?はい。あの、ぜひこれに参加させてください、僕を使ってください。僕は担当者にお願いする。

担当者が僕を気にいったのかどうかはわからない。僕は担当者から会社の備品と名刺をいただく。さらに担当者は僕を最寄駅まで車で送ってくれる。少し信じられない気持ちだ。僕はこれを前向きに捉える。僕を使える人間であると判断して頂いた帰結なのだ。やるしかない。かくして、僕は正社員としてのライター採用の結果、おそらくの不採用に落胆する。同時に外部ライターとして採用していただけるかもしれない針の穴ほどの可能性が、その落胆の穴をほんの少しだけ埋めてくれる。