『グッドバイ バタフライ』

『グッドバイ バタフライ』という本をご紹介。著者は森英恵さん、ファッションデザイナーです。本書は森英恵さんの自伝です。以下、僕が面白かった3点。

私が色に疲れ始めた1972年頃は、泥沼化したベトナム戦争の末期だった。ニューヨークの街にサイケデリックな極彩色があふれ、いたるところで反戦運動が続いていた。若者たちはジーンズに、Tシャツを破いて着ている世相にあって、特定の人々のために、洗練された色彩のきれいなドレスを一生懸命つくっている自分はなんだだろうと考え込んでしまうこともたびたびだった。「戦争でみんなが苦労して生きるか死ぬかというときに、なぜこんな華美な服をつくっているのか」人生で仕事に興味を失った二度目の時期だった(p175、一部省略)。

デビューから2シーズンぐらいまで、私の実力を試していたのは、コレクションを評価するジャーナリズムやオートクチュール組合ばかりでなく、メゾンの身内であるフランス人スタッフや職人たちであった。そんなある日、柔らかい極上のカシミヤの布地をトルソーのボディに巻きつけて、直接、はさみを入れてコートを立体裁断してみせた。本来なら、白い木綿のトワールでまず仮縫いして、正確にカシミヤ地を裁断していくところだが、迷わず思いきってはさみでかたちをつくった。高価なカシミヤ地でいきなり、プロたち相手に冒険に出たのである。「森先生のカシミヤの生地断ちを見ていたフランス人スタッフたちの表情が見る見る変るのがわかりました。あのときから、アトリエの職人たちの態度が変りました」(pp253-254、一部省略)

はさみをそのへんに置いてデスクで仕事をしていると、オフィスのスタッフが紙を切るのに、「はさみをちょっとお借りしてよろしいですか」もちろん即座に断る。「だめっ!」違うはさみを出して渡す。自分の裁ちばさみは人に使わせない。紙を切るのはもってのほかで、それほど繊細な道具なのである。大切に扱って研ぎに出しながら、自分専用の使い心地のよい裁ちばさみに育てるのである。気に入った布地を前にしてはさみを手にとると、私はイマジネーションが湧いてくるほどだった(p260、一部省略)。

グッドバイ バタフライ

グッドバイ バタフライ