物語は俺の仲間だ
物語が人を救う。
なんてことを20代から30代前半にかけて聞いたことがあって、当時の俺は「物語が人を救うわけがないだろう。物語は物語であって、その世界で完結してて、俺の現実生活とは全く関係がないのに、何言ってるんだ」などと思いながら、ルポやら学術書やら小説を読み、物語の典型である小説はほとんど敬遠していた。当時の俺にとって本は「どれだけの数を読みこなせるか」であり、読みこなすこと、その本を知っていることが重要であった。
俺はある時、不安になった。本をたくさん読み、ある程度の知識を得ても、忘れてしまうし、現に忘れていた。それは別にかまわないのだが、インターネットで必要な情報を検索すれば、その道のプロがその道を語っていたり、一次資料もたくさんある。ほしい情報はインターネットの世界の中に膨大にあり、その上、早く見つかるのだから、俺は一体、何のために本を読んでいるのか。俺は読書の意味がわからなくなり、なんとなく本を読むようになり、30代の半ばを迎えた。
30代半ばを迎えた俺は雨風にさらされ、「前門の虎、後門の狼」なんていう状況に置かれ、ようするに心身を疲弊する状況にいた。理不尽を飲み込み、無理が通じて、理が通じず、こいつは格好悪いと周囲から思われているだろうなと考えてしまう格好いいことが好きな俺は、孤立無援だった。
俺には書店に足を運ぶ習慣があり、俺は書店をいつものように歩き回って、この本に目が留まった。
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俺は上記の本を4年前に読んだことがあるが、著者である橋本治の語り口調があまりにまどろっこしくて、何が言いたいのかさっぱりわからず、俺は頭にきて、それをゴミ箱へ捨てた。ところが、今は読める。俺は立ち読みをしながら、なぜ俺はこの本が読めるようになったのかを考えたが、はっきりしているのは俺はいつの間にか変わっていたことである。変わっていたから、読めるようになったのである。そうとしか考えられない俺はこれを境に、橋本治の本を買うようになった。橋本治は、自分が曲者/変わり者であることを自慢しつつ、回りくどく、腑に落ちる形で理不尽に対する考え方をねちねちと教えてくれる先生である。孤立無援だった俺は橋本治先生がついているので、孤立無援ではなくなったし、そういう考え方があるんだったら、安心だなと思うようになった。
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橋本治は理不尽に対する考え方を教えてくれて、俺は小説を読むことも並行して始めた。小説の中で生きている人たちの「理不尽」を知り、彼女ら/彼らがその「理不尽」に対して具体的に何を思いながら、行動しているのかに興味が出たからだ。小説の中に生きている人たちはその世界のなかの「理不尽」と向き合い、俺は今の理不尽と向き合っている。そのように考えてしまった俺にとり、小説の中で生きる人たちは理不尽という世界に向き合っている同じ仲間だ。以前の俺だったら、「ああ、面白かった」で終わってしまっただろうが、今はそれが「わかる」のである。わかるから、仲間なのだ。自分の中にこういう仲間がいると心強く思う。早い話、「こいつらも頑張ってるんだし、俺も頑張ろう」と思える。
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「物語のあいつも頑張っていたから、俺も頑張る」なんてことを昔の俺が聞いたら、「お前はあほか」とあきれるだろう。「物語が人を救う」かどうかは、ひょっとしたらそうかもしれないなと今の俺は思う。物語は俺の仲間だ。