下から上へうふっふふ

連休だったので、よく寝た。大体、俺は昼寝が好きだ。それで俺は寝すぎると、体も心も深く眠り、やる気というやる気がツボの奥深くにしまわれて、厭世観。俺はこの厭世観から逃れようと、さらに寝ようとするので、俺はやる気がしまわれたツボにフタまで置いてしまう。

俺は今朝、目が覚めると、憂鬱でしかたがなく、この憂鬱は仕事中もそうであり、クレームが入っても、俺は「はあ、そうですか、ええ、はあ、なるほど、そうですか」と抑揚のない返答を平然として、「おたくが悪いというわけではないんですけどね」と息まいていた相手の戦闘意欲は消沈する。もう何もかもがどうでもよく、他人事である。「この世ももうそろそろいいな。俺、どっか別のところ行きたい」「仕事するふりがうまくなって、さぼるのが上手くなったけど、ちょっとさぼりすぎてるから、上司に悪いから、俺をここから早く追い出してくれないかな」なんてことを俺は考えてしまう。俺は自分の気持ちをあてにしていないので、きっとこの感情も一過性に過ぎないから、やり過ごそうなんて考えたが、退社をしても、俺の体と頭はまだ寝ていて、俺は憂鬱なままだった。

俺は書店に立ち寄るために、エレベーターの上にいた。2階から3階へ上った時、男女の旅行者が目に入った。多分、男女はアジア系の旅行者で、女はふくよかな体型で、男は普通の体型だった。この女が「うっふふふふふふふ、うっふふふふふふ、うっふふふふ」と腹の底から笑っていて、女はその証拠に身をよじらせ、背を丸め、また身をよじらせて、「うっふふふふふふふ」を続けていた。俺はその笑いにつられて、「ふふ」と笑ってしまい、俺の体と心は「人生、こうじゃないとな」と言って、ようやく起き上がり、俺はやっとまともになる。まともになるとは後ろ向きな気持ちにならないことで、雑音が聞こえないし、頭がすっきりしていることを言う。俺はこの感情も一過性に過ぎないので、あてにしていないが、しかしこの感情は気持ちがいいから、そのまま受け入れる。

俺は数冊の本を買って、家路につく途中、「なんで俺は本を読むのだろうか」という疑問が浮かんだので、俺の人生が面白くないからで、面白い人たちが面白いことを本に書いているから、その面白いに浸かって、面白い時間を過ごすためであり、なんで山に登るかっていえば、人生が面白くないからである。ここまでくると俺は、「大人は面白いんじゃなくて、本当はつまらないから面白いことが好きなんだ」という結論をだして、深く納得して、夜空を見ると、ランランと輝く月と土星。俺は昔好きだった女性を思い出して、今夜の食材を買うために、スーパーの自動扉をくぐるのであった。