秘密の場所

某駅の地下鉄に秘密があることを知ったのは、
昨日のことで、
それは、俺が朝の通勤ラッシュで某駅で降り、
ふいに目に入った四角のマンホールを見たときだ。
俺は、「あ!」と声をあげそうになった。


まさにそれは死角だった。
マンホールは地上を前提していると
俺が思いこんでいたからであり、大体ラッシュでは地面など見ない。
事実、俺は某駅の地下鉄を利用して5年も経つのに、
昨日まで気がつかなかったし、
俺以外の誰一人として気づいた様子はない。


もしかたら、駅員ぐらいは気がついているかもしれないが、
「一体どうしてこんなところにマンホールがあるのだろう?」
という疑問を持つ駅員はいない。


マンホールは地下鉄の環境そのものであり、
駅員もまた地下鉄の環境を構成する構成物だからだ。
環境を構成するものはお互いに疑問を持つことは
そもそも禁じられているし、
その環境が当たり前である以上、
気にする要素などどこにもないのである。


重要なことは、これを作った誰かはとにかく
別の分野に興味が移ってしまって、
ここにはいないことである。


他方、俺は気がついてしまい、
「これはすごいぞ」とつぶやいてから、
ラッシュ時の人ごみを構成するごみとなった。


そのマンホールだが、開けてみると、
さらに地下に続く梯子があり、梯子を降りると、いつの間にか
梯子を降りるという感覚ではなくて、
梯子の上を四つん這いで進んでいる感覚に陥る。


中は暗いが、どういうわけか、
トンネルの照明のようなものが下まで続いている。
それだけでは心もとなく、
俺はペンライトを口にくわえて、進み、
突然、『ドラえもん のび太の恐竜』を思い出す。


俺は、おばあさんの知り合いの坊さんの息子がそれを読まなくなったので、
この漫画を譲り受けたのだか、
その作中で、地中に自由に部屋を作れる左官道具があって、
のび太たちはそれを用いて、
自分たちの秘密の部屋を思い思いに作っていたのだ。
当時の俺はこの情景に心を躍らせた。


さて……
さらなる地下へ降りていくと、
この左官道具が机の上にポツネンと置いてあり、
俺は自由に自分の部屋を作れるはずなのだが、
そこまでたどり着くのに1時間を要し、
戻るのはそれ以上の時間がかかる。


あいにく、深夜の地下鉄は閉まっているうえに、
昼間は人通りが多く、俺は早朝に弱く、
まだ部屋を作れていない。


俺はそのマンホールを今日も確認した。
よかった、まだある。


さあ、秘密の部屋を地下鉄のもっと地下に
ずっと奥に誰も来ないところに作ってしまえ。
世界初の地下鉄の地下にある部屋だ!
部屋ができたら、大好きな恋人をここに招待して、
「愛してるから僕とずっと結婚してください」と求婚しよう。
子どもができたら、一緒に秘密の基地を作くろう。


このマンホールは秘密の場所の入り口で、
俺の世界の入り口だ。