雨の日は魔法

今日は朝から雨が降り、
俺はかさを持っておらず、
そもそも大した雨でもなかったので、
距離にして1.2キロ、そのまま駅まで歩いた。
雨脚は変わらない。


水たまりができたアスファルトの上に雨が

たったったったった

と落ち、
きれいな小さな円がいくつも描き出され、
重なり、消えてを繰り返す。


電信柱がそばにあったりすると、
電線から滴った水が、

ぽたーん、ぽたーん

と水たまりに落ちて、
10円玉ぐらいのドーム状の水の泡が生まれ、
油膜を張ったかのように見えるこの泡は
2秒、3秒、存外長く続く。


雨どいにたまたま集った雨はささやかな流れになり、
その雨どいは長い間、
太陽や風雨にさらされ、ところどころ破損し、
だからそれは


つ つ つつー つつ つ つつつー つー

と不規則に地面へ流れ落ち、広がっていくが、
ささやかな流れは透明で、途中でねじれたり、
ねじれなかったりで、
よく見ると、えらく美しい。


地下鉄の階段を降りていくと、
半ズボンをはいた小学生のチビが、
青色の傘を差したまま、顔を下に向け、
腰をかがめ、
長靴をはいた小さな足を伸ばし、
階段へ恐る恐る着地させている。
チビはその間、左足の膝を曲げ、
曲芸師のように傘を持つ手で体のバランスをとり、
慣れない高さの階段を降りようと、
俺もそうだったように
大人になるための通過儀礼に挑んでいる。
チビは、
そこが雨の届かない場所であることを忘れていた。


雨の日の車の運転は荒い。
車は風をひゅんひゅん切って、水しぶきを上げ、
われ先にどこかへ急ぐ。
その急ぎかたは独特で、
人間が車を操作してるというよりも、
人間と車が完全に一体化して、
まるで、デフォルメされたアニメのシャークが水しぶきを上げて、
道路を泳いでいるかのように凶暴なツラを見せる。


俺はモスバーガーのレジで500円玉2枚を
上下逆さまに出して、
恐れ入ったか!と根拠のない殿様気分でいるときに、
ひょっとして……と
500円玉の製造年に目を向けると、
2枚とも平成23年で、
「お待ちください」の番号札がラッキー7だった。


雨はいつの間にか止み、人々は傘を折り畳み、
車は車らしく道路を走り、地面は乾きはじめ、
冷たく澄んだ空気が漂い、
時計を見れば、19時19分ではなく、22分だったりするのだ。


雨の日は魔法だ。