幸せは鼻の穴から

頭に来ることがあって、
俺はそれを口に出せない代わりに、
態度に出てしまい、態度は相手に伝わる。


原因はお前だと
罵ることができない上下関係の下で
俺は滅入っていて、気分を変えたいと願いながら、
映画を自宅で見るか、
本当にまったく違う場所に身を置くか……を考えていた。


電車に揺られて、降りるべき駅が近づいても、
答えは煙のようにもくもくとした形にならず、
久しく足を運んでいなかったスタバを思い出したこと
よって輪郭がはっきりして、俺は電車から降りて、スタバに入店した。


普段聞かない音楽、
適当におしゃれな人たち、
明らかな美人、鼻につく商品名、
コーヒーのしみったれた匂いがコンクリートの隅々まで、
衣服のひだにしみ込んだ場所は
俺の現実と離れていて、
それがよかった。


俺は本を開き、コーヒーを飲み、読書にふけるが、
内容がスムーズに頭に入るわけではなく、
その集中を妨げているのはやっぱり
お前に起因するのだが、いつの間にか
そうした気分も和らいだり、
和らがなかったりで変わり始め、
音楽になんとなく身を浸したり、
店内の雰囲気をそれとなく味わっているうちに
やりきれない感情はいつの間にか
やりきれる感情に変わって、
本の内容が頭に入るようになり、適当な時間で切り上げる。


落ち着いた俺は店を出て、駅の地下構内、
いつも明るく、にぎやかで、まぶしい場所を歩く。
クッキー販売店の前を通りかかると、
甘く、柔らかい、暖かい匂いが鼻の中から頭と体に行きわたり、
子どものころに憧れたお菓子の家の中にいるような、
なんというか、
単に幸せだと思える気持ちが俺を満たし、戸惑いが生まれる。


しかし、この幸せは戸惑いを忘却させるというか、
戸惑いというたくさんの黒い線をそれ以上の幸福なクリーム色の線が
まるで敵を四方八方から囲むようにして、混じりあい、
よい具合に同化して、
まあいいか、俺、今、幸せなんだしに変えてしまう。


幸せな気分は幸せであるがゆえに、そのままでよく、
何も恐れる必要はないし、あれこれ悩むこともなく、
とにかくそのままでよいのであると確信をもって言えるところが
幸せの拠り所で、
俺はこうなるとスターで無敵になったスーパーマリオだ。


俺は様々な店を通り過ぎるときに、
匂いを観察してやろうと思いたち、
店へより接近し、
出入口のそばで鼻孔の筋肉を少し膨らませ、匂いをかいで回る。


パン屋の前ではパンの淡い匂いが、
昆布販売店では昆布の匂いが、
串揚げの飲み屋ではタバコと揚げ物の匂いが、
中華屋の前では店から出てきた中年のサラリーマンと遭遇し、
どことなく加齢臭がして、
宝石屋の前は埃っぽく、
和食店から何の匂いもなかったのが不思議で、
本屋の前を通ると雑誌の匂いがしたし、
カレー屋ではなぜか匂いがしなかったが、
それは席がリサーブされていたからであり、
それ以外の席からスパイスの香りがして、
たこ焼き屋の前では案の定ソースの匂いが、
クレープ屋の前は甘い生地の香りがした。


地上に出た俺は光量の多い夜道を歩きながら、
こういうのってなんていうんだろうかと
考えて浮かんだ言葉は


幸せは鼻の穴から。