バイキングと私

予想もしなかったが、
私は今日、上司とバイキングに乗る羽目になった。
彼女はK遊園地を目の前に、バイキングを見て、目を輝かし、
まさに子供のように「私アレに乗ってみたい」といい、
私は笑った。


上司は「怖いの?」と私に尋ねたが、私は心外だった。
そんなもん怖いわけがない。当然である。
なぜといって、この遊園地自体が子どもを想定している小さなものだからだ。
ただし、私はバイキングに苦手意識を持っていたのかもしれない。


それは私の過去、子ども時代にさかのぼる。
私は昔に親に連れられて、N遊園地に何度か通った。
大人も想定したN遊園地は私にすれば、楽しく、また恐ろしいもので、
例えば、コーヒーカップは楽しいが、バイキングは完全に大人向けで、恐ろしかった。
先に述べた苦手意識はこの時に作られたのである。
ただし、私だって大人になるわけで、10年前に友人らとそのバイキングに再び乗った感想は
バイキングの恐ろさは変わりないが、もう大丈夫だなというものだった。
であるから、そんなもん怖いわけがないともいえるのである。
ましてや今回は子ども用なのだから。
私は高を括っていた。


今回のバイキングは、40名は乗れるはずだが、
しかし乗車したのは子どもが3名と私たち2名で、寂しいものである。
最前列は子ども2名、最後尾は私たちと子ども1名。
最後尾に乗車した女の子は真ん中に座っていたが、
上司が「ごめんね」といって、乗り込み、続いて私が乗り込んだ結果、
彼女を奥に追いやってしまった。私は中年、上司は50代半の大人である。
と、こんな記述をしたのはバイキングが揺れ始めて、
こちらにカメラを向けているその子の親に私が気がついたからである。
おそらく彼女が最後尾の真ん中に座った理由は親のカメラも意識してのことだろう。
かくしてバイキングは始まる。


上下に揺れるバイキング。
揺れる、揺れる、揺れ幅が大きくなる。
「ひゅー」っとみぞおちから股間にかけて何かが落ちていく感覚。
車に乗車していて、突然下り坂になったときの
「ひゅーん」と落ちる感覚が徐々に長く、強くなってくる。
視界が落ちていく。体も落ちていく。


バイキングの揺れが大きくなるにつれて、私は恐怖を感じた。
とっくの昔に卒業したと思っていたバイキングがこんなに恐ろしいものだったとは。
しまった、乗らなければよかったと私は思う。
上司を横目でみると、彼女は平気な顔をしている。


私はますます大きくなるバイキングの揺れ幅に
ついに
「わああああああああああ」
という誰よりも大きな叫び声をあげてしまった。
私は早く終わってくれと心の中で願わずにはいられず、
「うわああああああああ」と再度叫び、時折、目をギュッとつぶった。


バイキングの最後尾が後方までしっかり上がるまではそれほど恐ろしいものではない。
今はこのくらいの高さで、結構な高さだなとか、
眼下にみえる大人はおそらく子どもの親だろうなとか、
空が晴れてるなと一瞬のうちに思う程度であって、
こう思うことは下りの恐怖を打ち消すためである。
しかし、バイキングが一旦下り始めたら、そんなもんは私の恐怖を打ち消す糞ほどの役にも立たない。
役に立つのは感情としての恐怖を、「ぎゃあああああ」という叫び声によって
吐き出す営みを行っている私の別の何かである。


揺れが最後尾に戻る途中で、私は自分の叫び声に自動的に笑ってしまい、
同時に私は普段叫ぶこともないので、上司に対する当てつけとして
いっそのこと叫び続けてやろうかと思うが、
「あははははぁうわああああああああ」
という醜態をさらしてしまうのであった。


私は数分後、上司が買ってきたポン菓子を食べながら、
もし私が意中の女性とバイキング乗り、あのような叫び声をあげたら、
幻滅されるか私のことをさらに好意的に思ってくれるかのどちらかに
分かれるだろうなと考えた。私としては男として
今回のような醜態を見せたくないのが本音であり、
他方バイキングに対する恐怖も本物である。
だから私は叫び声をあげても、あげなくても、意中の人は好意的に見てくれるのだと思うことにした。
次に私は、私が父親であればどうであろうかとも考えた。
私の子どもは大人でも怖いものがあるんだなと思うだろうと好意的に解釈にした。
人間誰だって怖いもんがあるのだ。


私は地に足をつけて、バイキングを見上げていた。
乗車した子どもたちの反応が気になって仕方がない。
「きゃー」と叫ぶ女の子たちがいて、そのうちの一人が最初それほどでもなかったのだろうが、
揺れの強度が上がるにつれ、目を閉じ、顔を下げていた。
あれは私だ。きっと彼女は私同様にバイキングに
苦手意識を持ってしまったに違いない。かわいそうに。
他方で私は人様の叫び声を聞いたり、
恐怖を感じている姿を見るのは案外に心地いいもんだなあと思うのであった。
こういう感想を抱くのは初めてで、
私も少しは大人になってきたのかなと思う。