兄の苦笑い、弟の癇癪

地下鉄。
アジア系の家族が乗車してきた。
その中に兄弟がいて、兄は10歳、弟は4歳ぐらいだろうか。
兄は私の隣に座り、弟は兄の前で膝をついて、兄と向かい合う。
弟はよく日に焼けていて、笑うと、白い歯が目立つ。
二人は両手の人差し指から始まるゲームを始め、弟は顔をしかめる。


兄弟は再びゲームを始める。
弟が勝ったのだろう。弟は得意げに笑って、私を見上げる。
本当にうれしそうだ。


それから2人はまた勝負を始める。
ゲームは規則に従っている。
規則は私にとって一つの美しさだ。


突如、弟が両の10本指を広げて、兄の指をバチンとたたき、
ゲームをぶっ壊して、規則もぶっ壊れた。
弟によるこのぶっ壊し方を見て、
私はいいもん見たと思ってしまった。
美しいもの、規則的なものが突然壊されたこと。
何の前触れもなく、突然ぶっ壊すこの壊し方。
いきなりちゃぶ台ひっくり返して、何もかもなかったことにするこのやり方。


兄は苦笑いを浮かべ、弟は顔をゆがめて、今にも泣きだしそうだ。
私は兄の苦笑いも、弟の泣き出しそうな顔も知っている。
ああ懐かしい。私も知ってる、どちらも知ってるよ。
私はそう思って、地下鉄を下車したのだった。